おぢいちゃんの部屋

 母方の祖母は私が生まれた同じ年に、55歳の若さで病没しました。 その後、祖父は男手一つで子どもを育て、77歳で亡くなりました。 私は祖父とは疎遠な生活をしており、 朴訥で穏やかな人物であったという印象しか残っていませんが、 この短歌・俳句・川柳句集のページを作るにあたって、 亡き祖父の人生の重みに少し触れることができました。
色紙

『憶出』より    作/桑原鶴人

吾よりは先に逝くなと語りしに吾を残して妻は去りにけり

言い残すことあるらんに一言も残さず逝きし妻ぞ恨めし

年毎に聞く除夜の鐘今年ほど淋しく聞きしことは初めて

ありし日の面影のまま寝返えりし夢さめにせば妻の恋しき

亡き妻の残せしもののことごとく目に消えざれば妻も消えざる


学びより帰れど母と呼ぶを得ね子らと夕餉の炉の火を焚く

母を呼ぶ声は父へと変りける子らと夕餉の箸を持ちけり


亡き妻の好む無花果芽吹き初む

若竹の天一筋に貫ぬけり

山里のひぐらし忙し夕餉の煙り

妻逝きし秋の野花や冬近し


真新しき兄の位牌や初夏の雨

逝く兄の葬火の煙り五月雨


春待たず残して逝けり寒卵

真新しき土踏めば蟻の塔ありぬ

亡き妻の肌触れし衣や土用干し

秋晴れや山門に孫遊ばせて


葉牡丹や個々に行きぬく子の便り

陰膳を供え祝う雑煮かな

如月や仏に供う花もなき

土砂止の芝生の中や春の蘭

追憶のあやめ咲きおり兄の忌に


夜業終え帰るや畦道蛍飛ぶ

妻の墓雨のつばめが濡れふれて

裏葉より薄日漏れおり夏木立

色あせていなごの余命や枯草野


子ら寄りてわが誕生の日を祝うこの喜びに生きる甲斐知る

今日の日を夢に描けし亡き妻もこの楽しみを見ずに逝きけり


故郷の人に向いて言葉なくただありがたくうれしさに尽く


白菊に名残りを告げる惜しい人

子は宝余生も楽し七十四

病んでみて働くことの良さを知り

病室に明日を望んで暑さ耐ぬ

親馬鹿は子からの手紙泣いて読み

病院で自慢のできる子の看護

一人占めするには惜しい子の温み

子の輸血受く病窓は春祭り


ほととぎす喜寿の死線を真空に

尋ぬれば仏の倶舎のならびあり

法訪えば道なお遠し法の道


BALCONY   ときめきのバルコニー