大口市農業研修まとめ


    結局、1泊2日で農業らしい農業はしませんでした。だって、もう稲刈り終ってるし・・。28日、朝から寿司屋さんにお米を100キロ分、おじさんと持っていきました。これ、だいたい3日に1
    度、こうやって運ぶらしい。多いよねぇ。
    また、個人で申し込んだ分のお米の配達の箱詰めをしました。北海道の方なども、こちらのお米を気に入って、申し込みがある程。おいしいもんなぁ、確かに・・。


    反省会が皆そろってあった後、大口市からの豚汁とお米を食べ、その後、バスに乗り込んで鹿大に戻ったわけですが・・・農業研修として、今回、大口市におじゃましたわけです。工学部
    のじょに〜にさえ、いやな顔せずお世話してくださった、井手口さんはじめ、大口市の方々に報いるためにも、このまま観光案内だけで終らせてはならないでしょう。
    夕食の時にお話した、井手口さんとの会話を元に、少々、農業について語ります。


    先に述べたように、大口市は鹿児島県とは言え、冬季には平坦部でも零下10度近くになることもあるほど、寒さが厳しい。お米も、その影響を受けやすいわけだが、逆にこのことが伊勢
    のおいしいお米を育てるとも言われている。

                                            

    大口市は勿論、お店が立ち並んだところもあるが、全体的には、上のような風景が連なっている。就業人口を見ても、サービス業に続き、2番目に農業が来るほどである。現在、農村は
    過疎化、若者が都会に出て行く・・などの問題が良くあげられるが、大口市も同じ問題に悩まされている。昭和29年(大口市として設置された年)40806人いた人口は現在24022人。
    井手口さんのお宅はもうすでに、後継ぎの方もお嫁さんもいらっしゃるが、後継者、嫁・婿がいないことに悩む農家も多いらしい。

    現在世界全人口は60億人。2025年には100億人に達すると、予測されている。日本の穀物自給率はなんと、29%・・・。参考までの述べると、アメリカは138%、フランスは198%
    イギリスは130%(1996年)・・となっている。食料の殆どを輸入に頼る日本。このまま世界人口が増加していくと、これまで日本に食料を輸出していた国々は自国の生産だけで、精一杯
    となる。日本はどうなるのだろう?

    井手口さんは言う。
    「農業にしても工業にしても、だいたい30年〜50年の周期で変わっていく。だってそうでしょ?石炭にしろ、造船にしろ・・・。戦後50年経ったわけだよ。農業も今、転換期だよ」
     ・・と。

    おばさんはそれに覆いかぶせるように、言葉をつなぐ。
    「うちのお父さんは、5年以上前からその事に気付いていたの。これからは生産するだけの農家では食べていけない。勿論うちだって、はじめからこんな大きな農家だったわけではない
    のよ。車だって、これまで10万円くらいのトラックとかばかり乗っていたの。50になったら大きな車を買おう・・って言うのが、2人の1つの夢だったの」

    井手口さん夫婦は本当に仲が良い。私がおじゃまになる1日前も、2人で手をつないでまつぼっくりを採りに行ったらしい。そのまつぼっくりのうち、2つを私も頂いた。この仲の良さも、共
    に夢をみ、互いに助け合って、農業を営んできたからなのだろうか・・。時計台の「年中夢求」・・この言葉がピッタリの井手口さん夫婦だった。

    井手口さん夫婦に今後の夢を聞く。
    「60歳で退職して、社長をゆずり、自分はこれまで以上に品種改良を進めたい。いつか、自分の名前がつくお米をつくりたい」
    ・・と、おじさん。
    「う〜ん、私はまだ息子1人に任せるのは不安よね。多分、社長が変わっても、そのまま仕事を続けていると思う・・」
    ・・とおばさん。

    私は工学部の人間。農業に直接携わることは社会に出れば、無いように思う。しかしこんなにも前をみて、農業のこと、将来のことを考え、農業を楽しんでおられる井手口さん夫婦から
    学び取ることは大きかった。

    井手口さん、その他大口市の方々、本当にありがとうございました。機会があればまた、大口市を訪ねたいと思います。

                                               

                                      今回の研修資料と、井手口さんからいただいたまつぼっくり。



     さて、ここでもっともっと農業を知りたい人のためにおすすめのHPをご紹介!

                  百姓 福永大吾の庵
福永さん・・いえいえ、福永先生との出会い(?)は大学の講義でした。
以前、大口市に農業研修に行くきっかけをくれた「21世紀の食料と農業」という講義
のひとこまを、福永先生が「小さな農家の生きる道」というお題で、講義されました。
40歳まで福岡で会社員、その後、鹿児島に戻り、農業を始めた福永先生。
小さな農家・・なんて言っておられますが、かごんまよかとこ案内で紹介した
井手口さんと考え方が非常に似ているなぁ・・と感じています。実際、井手口さん
ともお知り合いなんだとか・・。
工学部のじょに〜に
「工業と農業は対立するところもありますが、(日本は工業製品を売ってそお金で
食料を外国から買っている経済構造)、バランスのとれた発展をすれば両立いすると
思います。21世紀にそれをやるのがあなた達と次の世代だと思います。」
という、力強いお言葉も頂きました。
新しい農業の形(有機農業、作物の生産から販売まで・・・etc)、実際に農業をしている
福永先生のHPから体感(?)してみよう!!

            
                    注:写真は井手口さんの家の合鴨。


     THE END



                                                  大口ページに戻る