8月10日
僕は、森の中の小さな村に住んでいる。
そこは何もないが、でもとても綺麗なところだ。
この村で一番綺麗なところは、村のほぼ中央にある、大きな湖だ。
この村がもっと有名なら、きっと観光地になっていたに違いない。
でも、逆にこの静けさがいい、と僕は思う。
この湖のほとりには、大抵、僕の兄貴分がいる。
兄貴はこの湖が好きなのだ。
この湖を見ながら、風景画を書いていることが多い。
兄貴の風景画は、クレヨンか色鉛筆を使ってある。
主に淡い緑と青が使ってあって、とても綺麗だった。
「よう。遅かったな。」と、兄貴。
「うん。小学生は宿題がいっぱいあるんだよ。」と、僕。
兄貴は高校生だ。兄貴の高校はほとんど宿題が無いらしい。
まったくもってうらやましい限りだ。
「・・・もうすぐお祭りだね。」
「15日だからね。・・・まだまだだよ。」
僕たちの村には精霊信仰がある。
精霊が、ずっと村を守ってくれている、というのだ。
精霊は、湖に住んでいるらしい。
お祭りは、年に一度、8月の満月の夜に行われる。
そして、それは精霊たちへの感謝の儀式であった。
お祭りは、露店が出て、みんなで騒いで、といったものではない。
湖のほとりで、大きな火をたき、精霊へのお供え物を湖に沈め、
感謝の言葉を述べ、これからの繁栄を願う、という内容だ。
地味だが、この村が好きな人には大切な儀式だった。
「今年も晴れるかな・・・?」
僕は、一応聞いてみる。一応、というのは、答えがわかっているからだ。
「もちろんだよ。お祭りだからね。」
兄貴は即答する。この村は、お祭りの日に限り、雨が降ったためしがない。
僕も兄貴も、お祭りが好きで、大切にしていた。
「二人とも、ここにいたんだ。」
「あ・・・おねえちゃん。」
「久しぶりだね。」
兄貴のお姉ちゃんが来た。現在、短大の2年生だ。
すごい量の荷物を抱えている。
「荷物は家に置いてくればよかったのに・・・」
笑いながら兄貴が言う。
「だって、早くあなたたちに会いたかったから。」
「今帰ってきたんだね。」
「ええ。試験が終わらなくて、こんな時期になっちゃった。」
「いつまでこっちにいられるの?」
「まだ決めていないけど、お祭りが終わるまではいるよ、もちろん。」
お姉ちゃんもお祭りが好きだった。
この兄弟は、生まれてこの方、お祭りに不参加だったことは無いだろう。
「ところで、もうお昼ごはんは食べたの?」
「いや、まだだよ。」と、僕は答えた。
「私もまだよ。駅に着いたのが電車ぎりぎりで、お弁当買えなかったの。」と、お姉ちゃん。
「しょうがないなぁ・・・」兄貴はなんかうれしそうだ。
「帰ってお昼ごはんにしよう。俺が作るよ。」
お姉ちゃんも兄貴も、料理は上手だった。
でも、今日は「お姉ちゃんも疲れてるだろうから」兄貴が作ることにしたそうだ。
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