8月11日

 昨日は、昼ごはんに兄貴の手料理を久しぶりに食べた。
やっぱり兄貴は料理が上手だ。
僕はいつか、兄貴に料理を習うつもりでいた。

 この村は、とても仲がいい。
そして、僕と兄貴のうちは隣だった。
だから、僕らはもう兄弟みたいなものなのだ。
頼めば、もちろん料理も勉強も教えてくれる。

 今日は、目が覚めて、朝もまだ早いうちに出かけてみた。
兄貴はすでに湖に来ていた。
湖のほとりの大きな木にもたれかかって絵を描いていた。もちろん、この村の風景を。
「まぁた木にもたれかかっちゃって。」
「精霊が俺にここの絵を残せって言ってるんだよ。
だから精霊のほしい風景を聞いているんだ。」

 この湖のほとりの木は御神木として扱われていた。
だから、村人は絶対に触らない。ただひとり、兄貴を除いて。

「見つかったらまた怒られるよ。」
「この時間なら大丈夫。それに精霊のほしい風景を書いたらすぐに離れるよ。」
兄貴は巫女ではない。
しかし、この木に触れれば、精霊の気持ちがなんとなくわかるらしいのだ。
うそだか本当だかはわからないけど。

 それに兄貴は、精霊を怒らせると、恐ろしいことが起きると信じているところがあった。
「ねぇ、どんなことをしたら精霊は怒るの?」
僕は平気で御神木に触れる兄貴に聞いてみた。
「う〜ん、お祭りに出ない、とか。」
「御神木に触るのは大丈夫?」
「精霊は、この木は湖の外にあるし村全体のものだと思っているよ。」
僕は、木に触ってみた。ざらざらの、木の感触が気持ちよかった。
「気持ちいいね。それに、なんか暖かい。」
「毎日触っていると、精霊の気持ちもわかってくるよ、なんとなく、だけどね。」
「ところでさ、話は戻るけど、精霊を怒らせたら何が起きるの?」
「・・・神隠し、かな・・・」
そういって、兄貴は空を見上げた。
兄貴は、確信のあることほど、語尾をぼかす癖がある。
神隠しにあったことがあるのだろうか・・・

 風が水面をなぜ、湖に小さな波が立つ。
朝はまだ涼しく、その風景がいっそう心地よさを引き立てる。
「綺麗だね。」ふと口から出る。
「ああ。ここに生まれてよかったと思うよ。」
兄貴は心底そう思っている。

「さて、宿題をしないと・・・」僕は立った。
「もう帰るのか・・・今日も遊びに来るんだろ?」兄貴が聞く。
「うん。宿題が終わったらね。」
「ゲームの続きをやろうな。」
「あぁ・・・朝ごはんも食べなきゃ・・・」
「俺もおねえちゃんに朝ごはん作らないと・・・」
兄貴はホントにおねえちゃんを大事にしている。
「またあとでな。」
「うん。じゃあね。」
僕は一度家に帰った。


戻る