8月13日

「なぁんだ。お姉ちゃんが迷子になった話聞いたのか。」
兄貴はちょっと残念そうだ。
「まあね。だから、僕もちょっと神隠しを信じられるような気がする。」
僕にとっても、お姉ちゃんは大切な存在だ。
だから、なんとなく、兄貴が神隠しを信じる気持ちがわかる。
「でも、多分偶然だよ。祭りに参加せずに仕事のために都会に戻った、 
3丁目のおじいさんの息子が帰りになぜか事故を起こしたり、
祭りをサボって裏山でタバコすってた不良中学生が、そのままたまたま火事を起こしてやけどしたり、
そんなことは誰の人生にもよくあることだよ。」
ずいぶん生々しい話である。

「偶然だって、木にもたれかかったときに、精霊が言ったの?」
僕は冗談半分で聞いてみた。
「精霊とは、おしゃべりが出来るわけじゃないんだ。」
兄貴は遠い目をした。何か大切なことを思い出しているようだ。
「お姉ちゃんが迷子になったとき、俺はここに来たんだよ・・・」
兄貴は、優しく、ゆっくりとしゃべる。
一つ一つの言葉を、大切にしながら。
「そのときはまだ、小さな子どもだったからねぇ・・・」
兄貴は、泣きながらここまで探しに来たらしい。
兄貴は泣かないことは、男のかっこよさの一つだと思っているので、目を合わせないようにして言う。
「そのときに、この木にもたれかかって泣いていたんだ。
そしたら、突然森の奥にお姉ちゃんがいるような気がしたんだ。」
それで、思いついた場所に行ってみたら、ちょうどそこにお姉ちゃんがいたそうだ。

「見つかってよかったよ・・・」兄貴は言う。
「そうだね・・・」僕も、その話はなんとなくだけど、わかる気がする。
「そんなことがあったら、精霊の気持ちを感じられる気がするよね・・・」
兄貴は、次の日に、木にもたれて、気持ちの趣くままに絵を書いた。
そして、湖に流したそうだ。いつも、みんながお供え物を湖に沈めるように・・・

「伝わったのかな、お礼だって・・・」兄貴は、いつになく優しく、しかしすごく寂しそうな顔をしている。
「多分、大丈夫だよ。」僕は言った。お世辞ではない。
湖を見ながら、こんな綺麗な湖に住んでいるから、きっと人の心も伝わるんじゃないかなって、そう思った。
いや、そうあってほしいと願ったのかもしれない。

 ポツリ、と、顔に水がかかった。
「あ、雨かぁ・・・」兄貴が言う。
「そうだね。」僕が返す。
「そろそろ帰るか。家に寄るかい?」
「うん、そうする。もう少しだから・・・」少し僕は涙ぐんだ。
「そうだな・・・もう少しだなぁ・・・」兄貴も少し淋しそうだった。



戻る