8月14日

 今日は、兄貴は朝からずっと湖の絵を書いている。
兄貴は風景画が得意だ。クレヨンと、色鉛筆を持ってきていて、
いつもより気合が入っている。満足できるまで何度も描くそうだ。

「この絵、いいね。」僕が言う。
「あぁ。それは結構気に入ってるんだ。」兄貴が答える。
「私はこっちも好きだよ。」おねえちゃんも自分の気に入った絵を見ながら言う。

「あしたで、最後だからね・・・。」兄貴はポツリ、という。
あしたで最後――この森は、ダムに沈むことが決まっていたのだ。
工事は、8月の上旬から始まる予定だった。
しかし、この村を愛する・・・いや、この森を愛する全ての人にダムの建設を猛反対された。
話し合いは進み、結局、最後にあしたのお祭りまで待つ、という妥協案が通った。

 この村に住む、ほとんどの人は納得はしていない。
しかし、どうすることも出来なかったのだ。
だから、せめてもの妥協案として、お祭りはやる、というのを譲らなかった。

「大分出来たけど、どうするかなぁ・・・」兄貴が言う。
「それもなかなかいいね。」僕は、言った。
「どんどんよくなってるよね。」お姉ちゃんも言う。

 あしたのお祭りが終わったら、8月いっぱいには、僕らは引っ越さないといけない。
「兄貴はどこに行くんだっけ?」僕は聞いてみる。
「隣の街だよ。父さんの職場にも、俺の学校にも近くなる。」兄貴が答える。
「私も、学校に家から通えるようになるね。」お姉ちゃんも続ける。
「僕の引越し先とは、反対方向だね・・・」本当は感情を出したくなかったが、淋しさが声に出る。
「そうだな・・・少し淋しくなるね。」兄貴が言う。
「いつでも遊びに来ていいよ。私たちは、兄弟みたいなものなんだから。」お姉ちゃんが言ってくれた。
「そうだよね。僕たちは、兄弟だよね。ありがとう・・・」本当にうれしかった。
自然に涙があふれる。

 ここに生まれて、本当によかったと思う。
兄貴と、お姉ちゃんに出会えて本当によかったと思う。
そして僕は、ずっと僕たちを見守ってくれていた精霊に感謝した。


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