今、ぼくは弟と電車で美術館の最寄りの駅に向かっている。
「で、兄者、なんでそんなに挙動不審なんだ?」
「実は電車には女神さまと一緒にしか乗ったことないんだ。おりそこなったら外国とかに連れて行かれるのか?」
実は電車に乗るのは結構不安だった。
「この国は外国とは陸続きになっていない。おれは電車に乗りなれているから安心していい。」
おかげでぼくは少し安心した。

 電車から降りると、昨日も見た景色が広がっている。
大きな道、ごみごみした都会の雰囲気。
弟は少し顔をしかめて言った。
「こんなところに美術館があるのか?」
「美術館はもう少し先の公園の奥だよ。」
ただ、今日は美術館にはいかない。
美子の気に入ったあの絵を描いた画家さんが経営する画材店がこの付近にあるというのだ。
「話だけ聞くのはちょっとな・・・」
「いや、何か買うよ。そうしないと悪いだろ?」
ぼくたちは画材店を探しながら歩いた。

 大通りから曲がった小さな道にその店はあった。
「渡画材店」
看板にはそう書かれていた。
絵画教室もしているらしく、生徒募集の張り紙が出入り口にあった。
「入るぞ。」
「あぁ、頼む。」
「・・・本当に入るぞ?」
「兄者・・・早くしてくれ・・・」
「あ・・・あぁ、すまんな、少し緊張して・・・」
ぼくは一度深呼吸をして戸をあけた。

 ぼくたちはとりあえず中を見回す。
棚に絵の具や筆、鉛筆などが並んでいる。
「兄者、何を買うんだ?」
弟は心配そうに聞く。
「色鉛筆がほしいな。」
ぼくは言った。
実は色鉛筆を集めるのが趣味なのだ。
「あと、美子にクレヨンを買って帰ろう。」
ぼくはいろいろ見ながら言った。
さすが画材店、いいものを売っているのかスーパーよりも少し高い。
ぼくは気に入った色鉛筆とクレヨンを手に取った。

 レジで会計をしながら絵のことを尋ねてみた。
もちろん、昨日の美術館であったことも話した。
レジは50歳くらいのおばさんだった。
「あれは父の描いたものです。」
売れない画家で、唯一評価され、美術館にまで飾られたのがあの絵だそうだ。
子どもが好きで絵画教室を開き、生活のために画材店も始めたとのこと。
画家さんは、十数年前に亡くなったそうだ。
でも、とおばさんが言う。
「でも、その絵のことなら聞いたことがあります。」
ここから電車で30分くらい行ったところにある山に登って描いたそうだ。
「ありがとうございます。探しに行ってみますね。」
ぼくたちは会計を済ませ、店を出た。


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