美子は、部屋の真ん中に正座をしていた。
周りには、結界のようなものが張ってある。
お坊さんが話す。
「あの子のことは、わかっているのですか?」
やけに冷静な話し方だ。
普段ならなんともないだろうに、今はこいつのすべてが腹立たしい。
「美子・・・」
ぼくは、それしか言葉が出なかった。
「私・・・本当はね・・・二人のところに来た日に・・・」
美子は、おびえているような、悲しいような顔をしていた。
「わかってる・・・わかってるよ・・・でも・・・なぜ今さら?」
「そうよ。遠慮せずに、私たちのところにいていいのよ。」
「ついていったら、生まれ変われるって・・・そういわれて・・・」
「やはり貴様がぁ!!」
ぼくは飛びかかろうとしたが、女神様に取り押さえられる。

「生まれ変わりたいの?」
女神様が聞く。
「コマ兄も女神様も大好き・・・ずっと一緒にいたい。」
「一緒にいていいんだよ。どうしてこんなところに?」
ぼくは悲しくなった。
「だって・・・ずっと一緒にいたら迷惑をかけるって言われて・・・」
美子は泣いている。
「このクソ坊主!!!」
狛犬の武器である爪と牙をむき出しにして飛び掛ろうとするが、
またしても女神様に取り押さえられる。

 さっきまでは冷静に話していたお坊さんも、少しこちらを警戒している。
ぼくは暴れないように、女神様に羽交い絞めにされている。
ぼくは手の甲からつめを出し、口からは牙を出し、戦闘準備は完了した状態だ。
「頼むから、もう少し冷静になって・・・」
女神様が言う。

 女神様とお坊さんが話をした。
簡単にまとめると、たまたま公園で見かけたので、成仏させてあげる旨のことをいい、
お寺につれてきた、ということらしい。
成仏をするための儀式の直前、最後にぼくたちに会いたいと言い出したので、
逃げると思ったというのだ。
「放っておいたら、たいてい悪霊になりますからね。」
「何だと!?」
とにかく暴れてみるが、女神様にはかなわない。
押さえられていなかったらこの坊主はすでに八つ裂きだ。

 女神様は、ぼくを押さえつけた状態で、お坊さんと冷静に交渉した。
「わかりました。お返しいたします。」
ぼくたちは――というよりは女神様が、だが――美子の面倒をきちんと見ること、
成仏したくなったらぼくたちが手を貸すこと、悪霊になったら即座に対応することを約束した。
もっとも、これは今までしていたことだし、これからもしていくつもりのことだ。
ぼくは不満な顔をして女神様に言う。
「テロリストには譲歩したらいけないんですよ。」
いつか、テレビで得た知識をもとに話す。
「幽霊ってだけで警戒する人もいるの。人間の常識がそのまま通用はしないのよ。」
ぼくとは逆に、女神様はもう笑顔だ。
おかげで、ぼくもちょっと和んだ。ちょっとだけだけど。
ぼくたちが会話をしている間に、お坊さんは結界をとく。

 美子は、ぼくたちのところへ来て、抱きついた。
「私のこと、わかってたんだね。」
「そりゃぁ、狛犬と神様だからね。」
ぼくはそっと頭をなでる。
ぼくは、自分がつめや牙をむき出しにしたことを思い出した。
「ごめんね・・・怖かったでしょ。」
できる限りやさしく言い、もう一度頭をなでる。
「でも・・・来てくれてうれしいよ。」
美子は笑顔だ。
しかし、緊張の糸がほぐれたのか、涙を流している。
ぼくは美子を、そっとやさしく、そして強く抱きしめる。
気がつくと、ぼくの頬にも涙が流れていた。

「さぁ、帰りましょう。」
女神様が言う。
女神様も泣いていたのか、少し目が赤い。
「これからも、今までどおり仲良く、協力して行こうね。
私たちは家族なんだから。」
家族だから。
女神様はそういった。
門限までに帰らないと心配したのも、ここにすごい顔をしてきたのも、
全部ぼくたちが家族だからだったんだな、女神様の横顔を見ながらそう思った。
女神様も美子も――もちろんぼくも――安心した笑顔になっていた。


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