ぼくたちは人間ではない。
人間の格好で暮らしているだけだ。
だから当然戸籍などもない。
学校にも行けなければ病院にも行けないのだ。
ぼくは知っていたし、美子も当然わかっていると思っていた。
ぼくはどう説明したらいいか考えたが、すぐにやめた。
この手の話は女神様に任せるに限る。
女神様は淋しそうな顔をして言った。
「その話は帰ってから、ゆっくりね」
そのときぼくはあまり大した問題とは考えていなかった。

「何だと!?本気で言ってるのか?」
ぼくはつい大きな声を出してしまう。
「そんなに怒んないでよ」
「そうよ。大きな声を出さないの」
二人は驚いた顔をしてぼくを見た。
「ごめん…びっくりして、つい…別に怒ったわけじゃないんだ」
美子の話はつまるところ生まれ変わりたい、ということだった。
ぼくはそれが信じられなくて信じたくなくて悲しくて…とにかくどうしようもない気分になった。
「何か不満でもあるのかい?」
それ以外の言葉が見つからなかった。
でもぼくには答えはわかっていた。
「不満はないよ。
でも、わたしは今のままだと体も大きくならないし学校にも行けない。
ここに来て何年もずっと悩んでいたんだよ」
「でも…」
でも、なんだろう。
ぼくにはそれ以上言えなかった。

「ねぇ、コマ」
美子が寝た後、女神様に声をかけられる。
「ちょっと話したい事があるんだけど」
「ん…何でしょう」
だいたい見当はつく。
「美子のことだけど、やっぱり不満?」
思った通りだ。
「えぇ、まぁ…」
悲しくて苦しくて、女神様を直視できない。
つい目をそらして返事をしてしまう。
女神様はさらに続けた。
「今まで、美子と花や野菜を植えたり、美術館とか博物館とかに行ったりしたでしょ」
「えぇ、そうですね」
美子と過ごした今までのことを走馬灯のように思い出す。
「それから、文字や簡単な算数も教えていたの」
「そうでしたよね」
それはぼくも一緒に教えてもらっていた。
「それは学校を意識しながらしていたことなの」
「じゃ…生まれ変わる必要は無いんじゃ…」
ぼくは素直な感想を言った。
「違うのよ、自分で言っていたでしょ。
学校は理由の一つにしか過ぎないのよ。
精神的には成長しても体は変わらないのよ。
美子はいつまでも小さな子どもなのがすごく辛かったみたい。」
でも、とぼくは反論する。
「それは今の生活を捨ててまでやらなければいけないのでしょうか?」
意味のない反論、無駄な抵抗。
そんなことはわかっていた。
でも、聞かずにはいられなかった。
「美子は今の生活をすごく気に入っているみたい。
でも、小さな子どものままでいることがおかしいとも思っているの。
私は以前、その相談を受けた。
あなたと同じことを言ったよ。
それで悩んで、今日ようやく結論を出したのよ」
女神様の言っていることはわかる。
でも、納得できるかどうかは別問題だと思う。
「女神様は生まれ変わりに賛成なんですか?」
ぼくは核心をつく質問をした。
大事なのは理由じゃないと思う。
女神様は少し間をとり、ゆっくり言った。
「えぇ、賛成よ」


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