8月15日

 今日は、朝からいい天気だった。お祭りの日が晴れるのは、いつもの通りだ。
今日はこの森の最後のお祭りの日だ。あしたから、みんな引越しを始める。

「もうすぐ、始まるなぁ・・・」兄貴は空を見上げながら言う。
淋しそうで、切なそうで、でもそれでいてうれしそうなのだ。
兄貴は、お祭りを楽しみにしていた。
「そうねぇ・・・大分暗くなってきたからねぇ・・・」お姉ちゃんは、静かに、ゆっくりしゃべる。
やはり淋しさの中に、喜びも混じっていた。
「みんな、来たみたいだよ。」向こうの方から、お供え物をかついだ人たちがやってきた。

 お祭りは、淡々と始まる。
まずは、村長が精霊に感謝の言葉を述べる。
しかし、それは長いものではない。
村長は、湖に向かって感謝の意を表した。

「精霊は、ちゃんと聞いているのかな・・・」僕は言ってみた。
「もちろんだよ。」兄貴は答える。

 次は、お供え物だ。昨日収穫したばかりの新鮮な果物だ。
質のいい、形の綺麗なものを選ぶ。良い物は精霊のおかげで出来る、
だから、その仲でも特にいい物を精霊に食べてもらうのだ。

「今年も、いいものが取れたみたいだね。」
「そうね。精霊も喜んでくれそうだね。」

 そして、これからの一年の繁栄を願う。
ここは、兄貴が言うことになっている。この森を大切に思っている人間には、
それをいう資格がある、というのが、この村の考え方だ。
そして、それは、昔から伝わる、成人の儀式でもあった。
まだ高校生の兄貴には少し早いのだが(普通は就職が決まってから)、最後のお祭りなので、許可が出たのだ。
「今日が、森の最後のお祭りの日です。僕たちは、あなたの下に生まれたことを嬉しく思います。
そして、あなたのもとを離れることになりますが、これからも、ずっと見守っていてください。」

 ここからは、各自が好きに行動する。
大抵、個人個人で湖に向かって精霊に感謝の言葉を述べたり、
これからの繁栄を願ったり、久しぶりに集まったみんなとしゃべったりする。
食べ物や飲み物、お酒も、個人が準備したものや、村から出たものがある。
最後のお祭りを、それぞれが思い思いにすごしていた。

「今日で最後かぁ・・・」兄貴がしみじみという。
「そうだね。少し淋しくなるね。」僕が言う。
「この村がなくなっても、ここが私たちにとって大切な場所だってことは無くならない事実だよ。」
お姉ちゃんが言う。
「でも、この月が沈むまでは、俺たちは一緒にいることが出来る。」兄貴は、少し幸せそうに月を見た。

 それから、僕たちは、ずっとおしゃべりした。
たわいも無い話が多かったが、普通のことを、普通に出来ることが幸せだった。
「まだまだ、月が明るいね。」僕は安心してしゃべる。
「そうだね。」おねえちゃんも少しわくわくしている。
「まだまだ、精霊はここにいるから。」兄貴も言う。
「えっ、ここに?」僕は反射的に聞き返す。
「そうだよ。精霊は、普段は月に住んでいるんだ。
で、8月の満月の夜―一番満月が綺麗な夜―に、この湖に映った月を通じて、精霊がここに戻ってくる、というのがこの村の言い伝えなんだ。」兄貴は言う。
この村の言い伝えを、兄貴は調べていた。
本当に精霊がいることを、兄貴は信じたかったのかもしれない。

「さて、まだ精霊がいるうちに・・・」兄貴が立ち上がる。
「そうね。」おねえちゃんも一緒に立った。
「そろそろやろうか。」僕もやる気満々だ。

 みんなは帰ってしまって、ここにはもう僕たち3人しかいない。
湖には、普段入ることを禁じられている。しかし、万が一のときと、お供え物を沈めるときのために、
船が一艘おいてはあるのだ。
僕たちはそれに乗り込んだ。
そして、そっと船を漕ぎ出す。
ちょうど、真ん中あたりに来たとき、兄貴が言った。
「この辺にしようか。」

 兄貴は、湖に昨日描いた絵と、どんぐりのペンダントを入れた。ちょうど、湖に映った月の上に。
その絵には、湖と、ほとりの木と、そして僕たち三人がいたのだった。

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