湖に映った、月の上。
普通なら、そんなところに人は立てない。
しかし、「彼女」はそこにいた。

「えっと・・・」
オレは、なんと言うべきか、言葉につまってしまう。
「驚かなくてもいいのよ。私はあなたに危害を加えないから。」
「いや・・・そういうことじゃないんだけど・・・」
オレが驚いたのは、水の上に立っていたからではない。
彼女の姿が、オレのお姉ちゃんに瓜二つだったからだ。
でも、彼女はお姉ちゃんじゃない。
雰囲気が何か違うのだ。

「あなたは・・・誰?」
頭が混乱しているので、これだけ言うのが精一杯だ。
「あなたたちの言葉を借りたら、精霊、って言うのかな。」
精霊・・・確かに、この村には、精霊信仰があった。
そして、目撃したという言い伝えも知っている。
「お姉ちゃんに、そっくり・・・」
精霊に会ったことより、そのことのほうが驚きだった。
「私は、見た人にとって一番大事な人の姿に見えるのよ。」
確かに、それなら納得できる。
オレにとって、一番大事な人。
お姉ちゃんと同じ笑顔で、彼女は微笑んだ。

「ごめんね。急にこんな形で呼び出して。」
精霊がいった。
「え・・・?オレがここにいるのはあなたのせい?」
「うん。そうなの。でも、今のうちに、―この湖が湖のままであるうちに―
あなたにお礼がしたかったの。」
思いがけないことを言われた。
「お礼・・・?」
「そう。あなたが、一番大事にしているものを、私にくれたから・・・」
オレが渡したのは、多分最後のお祭りの日の、
どんぐりでできたペンダントのことだろう。
「あれは、大事だったからこそ、あなたにもらってほしくて・・・」
「ふふ・・・ありがと。」
精霊は笑った。
すごく優しい笑顔だった。


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