法話集
百 日 紅 の 花
高野山本山布教師 坂 田 義 章
ひぐらしの声にせかれてほろほろとわびこぼれをり百日紅(さるすべり)の花
古風な屋根、門のすぐ脇に大きな百日紅の木が茂って日盛りの道に深い陰をこしらえていた。
門の屋根裏に巣をしている燕が田圃から帰って来てまた出て行くのを甚兵衞は煙管をくわえて感心したように眺めていたが「燕位感心な鳥はまず、いないね」と前置きをしてこんな話を始めた。
村のある旧家に燕が昔から巣をつくっていたが、或る日、家の主人が燕に「お前には永年うちで宿を借しているが、時には土産の一つも持って来たらどうだ」と戯れて言った事があった。そしたら翌年燕が帰って来た時、主人の膳の上へ飛んで来て小さな木の実を一粒落した。主人はなんの気なしにそれを庭へすてた。まもなく其処から奇妙な樹が生えた。誰も見た事もなければ、聞いた事もない不思議な気であった。その樹が生長すると枝にも葉にも一面に毛虫がついて、見るからに気味が悪かったので主人は此の樹を引き抜いて風呂の焚きつけにしてしまった。其の時丁度町の医者が通りかかって、それは惜しい事をしたと嘆息する。どうしてかと聞いてみると、それは我が国では得難い麝香(じゃこう)というものであったそうな。
ここまで、甚兵衞は一人でしゃべった。黙って聞いていた藤作は「その麝香というのはその樹の事かい、それとも虫かい」と聞くと「ウーン、そりゃその麝香にもいろいろ種類があるそうで……」とどちらともわからぬ事を言うので藤作は強いて聞こうともしない。
百日紅の花がほろほろとこぼれる。
南無大師遍照金剛 合掌
この法話は、犬飼山転法輪寺(奈良県五條市)発行『転法輪』(2003年9月発行号)に掲載されています。
《過去掲載分》
2003年8月21日「露団団」