仏 教 と現 代

高野山にロックフェラー

 2013年12月11日付『高野山時報』にこんな記事が出ていたよ、と先輩が教えてくれました。いやはや「驚愕のニュース」ですが、それはひっそりと紙面の片隅に載っていました。

 「米ロックフェラー会長 金剛峯寺を表敬訪問 松長管長と懇談し共感」というタイトルのその記事は、2013年11月9日、アメリカのロックフェラー財団のデイビッド・ロックフェラー・ジュニア会長夫妻が、安倍昭恵さん(安倍首相夫人)らとともに金剛峯寺を訪れ、松長有慶管長らと話をしたと報じています。ロックフェラー氏は和歌山県の自然保護関係の活動に参加する目的で来日し、その足で高野山を訪問したようです。

 それだけなら、別に驚愕のニュースというほどでもなさそうですが、記事のことを知らせてくれた先輩は、先ごろ高野山真言宗が世間を騒がせた資産運用の失敗と関係があるというのです。

 高野山真言宗は、リスクの高い金融商品に手をだし、数億から数十億ともいわれる莫大な損失を出しました。このことがきっかけで、宗派の国会にあたる宗会が、内閣総理大臣にあたる宗務総長に不信任を突きつけ、宗会議員選挙を経て新しい宗務総長に交代しました。しかし、前宗務総長下で行われた資産運用の損失額はあまりに大きく、新体制は早くも財政危機に陥っているといいます。

 そこに現れた「善意の第三者」がロックフェラーだった、というのが、先輩の見立てです。先輩はさらに、危険な金融商品に手を出させたのも含めて、ロックフェラーが高野山を買い占めるための壮大な罠だったのではないかと疑っているのです。その証拠に、「写真を見よ。松長管長(左から4人目)は赤袈裟をつけて正装してるのに、隣のロックフェラー氏はジャケットもネクタイもなし、さらにその隣のロックフェラー夫人はコートとマフラーを脱いでない。これはまさに、戦後の昭和天皇とマッカーサーの写真と同じではないか」というわけです。

 むむ、なるほど…。ことの真相はわかりませんが、もしそうだとすると、高野山の将来はかなり危うそうです。

 そもそもの発端は、高野山真言宗という仏の教えを受け継ぐ団体が、目先のお金を増やしたいがために危険な資産運用に手を出したということでしょう。「騙されてかわいそうに」「お金に目がくらむのは僧侶も同じなんだね」という程度の問題ではありません。仮にもそのお金は信者から預かった布施であり、しかもその布施は、我々僧侶にではなく、仏菩薩、弘法大師に供えられたものです。それを、たまたまその時お金を握っていた人が「自己資金」だと勘違いをして使ってしまったわけです。これは泥棒です。「不偸盗」に反する行いを、教団が堂々と率先したということになります。

 高野山は弘法大師の教えを体現する聖地ですし、真言宗の教理に私は深い智慧と慈悲を感じています。ですが、高野山真言宗という教団は、その聖性や教理とは無縁の存在であったということが、今年一年を通じて露呈したわけです。お金に執着し、貪欲に心を支配され、嘘の言葉で体面を保とうとしました。「世間を騒がせて恥ずかしい」「マスコミが大袈裟に書いてけしからん」というようなレベルの問題ではありません。まさに「大袈裟」ではなく、彼らに「袈裟」をつける資格があると誰が言えるでしょうか。どうして「真言」宗を名乗る資格があると言えるのでしょうか。

 高野山真言宗に名を連ねている私も、懺悔しなければいけません。高野山真言宗の僧侶を続ける限りは、懺悔して、懺悔して、懺悔して、何度懺悔しても足ることはないでしょう。なぜ釈尊は釈迦族の王子の位を捨てて菩提樹の下で瞑想をするに至ったのか。なぜ弘法大師は官僚の道半ばでドロップアウトして私度僧となったのか。自らに突きつけ、原点に帰る必要があるでしょう

 そして、もしロックフェラーが高野山を買い取るというのなら、それも仕方がないと諦めるしかありません。お金に換算される物は根こそぎ持っていかれても、ただただ遠巻きに合掌するしか我々には手の尽くしようがないでしょう。それはそれで、いいのかもしれません。我々にとっては当然の報いであったと、淡々と受け入れるべきなのかもしれません。良寛さんは「ぬすびとの盗り残しけり窓の月」と読みました。堂宇を破壊され、森林を切り倒されてもなお残る大師信仰があるのであれば、それはとても有難いものであると私は思います。

2013年12月21日 坂田光永




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