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釈 尊 フ ァ イ ブ の
第19話「愛の国ガンダーラ」 −大乗仏教の成立と仏像との関係−
ジャネット 今日はガンダーラと大乗仏教の関係について考えましょう。あんた、ガンダーラって知ってる?
マイケル 知ってるよ、「西遊記」のテーマ曲だった歌でしょ? ♪ガンダ〜ラ、ガンダ〜ラ、愛の国ガンダ〜ラ♪ どんなとこなんだろう…。酒池肉林の桃源郷とか? グフフ…
ジャネット もう、いやらしいわね! そうじゃなくて、ガンダーラは仏教がさかんな土地で、三蔵法師はそんなガンダーラを目指すってことよ。
マイケル ま、そうだろうと思うけど。それにしても、三蔵法師ってやつは、女の人なのによく頑張るよねぇ〜。
ジャネット 違う違う。三蔵法師は本当は男なの。
マイケル えっ、そうなの!? それじゃ、いろいろ苦労があっただろうね〜。ってことは、あの当時すでに手術とか…
ジャネット あんたねぇ! あれはたまたま夏目雅子さんや深津絵里さんっていう女優さんが演じただけで、実際の三蔵法師は最初から最後まで男なのよ。
マイケル 「最初から最後まで男」って、何言ってんの。
ジャネット あんたのせいでしょ! 三蔵法師は玄奘(げんじょう)ってお名前で、中国からガンダーラを通過してナーランダ寺院に到着したあと、そこで600巻ものお経を持ち帰ったの。
マイケル じゃ、ガンダーラはただの通過地点ってこと?
ジャネット あれ、まぁ、そういうことになるわねぇ。
マイケル ♪誰もがみな行きたがるが、遥かな世界〜♪ って、実際は誰も行きたがってなかったってことかよ。あのドラマ、うそばっかりだな!
ジャネット でも、600巻ものお経を持ち帰るわけだから、ガンダーラでの滞在期間も短くはなかったと思うし、そこでいろいろな影響を受けたはずで…。
マイケル そうかな、きっとそのお経だって、孫悟空が「きん斗雲」に載せて持ち帰ったのかもしれないじゃん。
ジャネット 孫悟空が実際にいるわけないでしょ!
マイケル えっ、そうなの!? それじゃ、沙悟浄や猪八戒も…
ジャネット あれは物語なの! ドラマや物語と実際の歴史とを混同しすぎよ!
マイケル じゃ、後醍醐天皇が室町幕府に追われてガンダーラにのがれたっていうのは…
ジャネット 「ガンダーラ」がゴダイゴの曲っていうだけで無理やり結び付けたでしょ! いいかげんにしなさい!
玄奘三蔵(げんじょうさんぞう)は、第18話で紹介した「唯識」という思想を中国に持ち帰った高僧です。玄奘三蔵が通った往復の道のりは、それぞれ天山北路、天山南路と言って、古くより中国から天竺(インド)へ抜けるルートでした。「天下の屋根」ヒマラヤ山脈を避け、アフガニスタンからインドへ入るというのですから、地図上で見ればずいぶんと遠回りな気がします。中国の僧侶たちは、何年もかけてこのルートを通り、インドから大乗仏教を持ち帰るのです。
このルートの途中、必ず通る場所があります。「ガンダーラ」です。
ガンダーラは現在のパキスタンの北部にある渓谷地帯で、紀元後1世紀から5世紀にかけてクシャーナ朝のもとで黄金時代を迎えます。クシャーナ朝は仏教を信仰する王朝で、この地には多くの仏塔や寺院が作られました。特にカニシカ王は、中央アジアや中国に積極的に仏教を輸出しています。
また一説では、ガンダーラは大乗仏教発祥の地と言われています。なぜならこの地に多くの仏像、それも阿弥陀如来、弥勒菩薩、観音菩薩などの大乗仏教の仏像がつくられているからです。
そもそも釈尊は、「自分を信仰の対象としてはいけない」と弟子に言い聞かせていました。釈尊入滅後、弟子たちは仏足跡(釈尊の足の形を刻んだ石)や舎利塔(釈尊の遺骨をまつった塔)を崇拝するようになりましたが、すぐには仏像はつくられませんでした。
しかし、釈尊入滅から500年ほどたって、このガンダーラと、それからマトゥーラという場所で、仏像がつくられるようになります。どちらが先に仏像をつくるようになったのかは不明ですが、マトゥーラの仏像がインド風であるのに対し、ガンダーラの仏像はほりが深く、どことなくギリシア風です。
実はクシャーナ朝が栄える以前の紀元前327年、なんとあのアレクサンドロス大王がガンダーラ一帯に侵攻しています。マケドニアの王アレクサンドロスは、一代でギリシアから北インドにわたる巨大帝国を築きますが、32歳の若さでこの世を去ると、帝国も一気に崩壊してしまいます。しかし、ギリシア文化と東洋文化の融合であるヘレニズム文化は、この地で仏教思想に出会い、ガンダーラ美術と呼ばれるすぐれた仏像を残しました。
大乗仏教は、思想的には中観・唯識を軸とする高度な仏教思想ですが、もう一つの特徴は、在家信者を重視する仏教だということです。それ以前の初期仏教や、タイ、スリランカなどに伝わった上座部仏教は、あくまで出家者のための仏教であり、在家信者は当事者性を持ちません。一方、大乗仏教では、出家者に布施をする在家信者が力を持つようになり、一般民衆にも仏教に親しめるよう、多くの仏像がつくられました。
ここで疑問です。大乗仏教の成立と仏像の彫像は、いったいどちらが先なのでしょうか?
「えっ? そりゃ大乗仏教が先なんじゃないの?」…そう思うのが普通でしょうね。大乗仏教という思想が生まれ、それを信仰する信者が生まれ、その結果、信仰の対象としての仏像が生まれていった。そう考えるのが常識です。
ですが、逆に考えることもできるのではないでしょうか。つまり、ヘレニズム文化の影響で仏像がつくられるようになり、仏教が目に見える形となったことで一般民衆にも分かりやすくなり、一般信者が増え、その結果、在家信者重視の仏教すなわち大乗仏教が成立した。いかがでしょうか。
こういう考え方はいかにも即物的ですが、案外妥当な線だと私は考えています。
いずれにしても、大乗仏教はガンダーラから中国などに伝わっていきました。「愛の国ガンダーラ」は、いわば仏教拡大の一大拠点でもあったのです。
2008年6月21日 坂田光永