瑞来さんが、絵を描き始めた 最初の頃は、額縁は 義父の画材を扱っていた 観音寺の画材屋さんで買っていました。 その頃は、年間数枚の 制作ペースだったので、たまに 大阪・京都へ出かけた折りに 画材屋さんに寄って 見かけた額縁を買えば、それで用が足りる といった具合でした。
暫くして、市販されている額縁は、時代を反映して 廉価なものが中心になり、段々、瑞来さんの 絵の雰囲気を支えてくれる額縁が、販売されなくなってきました。
それで、危機感を持って 額縁を探している時、最初に出会ったのが(12年前) 今も お世話になっている 京都の額縁屋さんです。
額縁は、絵の一部の様なもので、京都の額縁屋さんの場合は、非常に 『強さのある額縁』 なので、中の絵を、それに負けない様に 強く描かなければならないので、瑞来さんの絵が 『強い絵』 になる手助けをしてくれました。
それからも、額縁屋さんを 心掛けて探していましたが、中々、見つかりません。
それが、5年位前、ヒョンな事から、松山の額縁屋さんと 出会いました。
その日、家事をしながら 何気なく TVを見ると (我が家では、普段 「消音」 になっている事が多い)、画面に、何だか、額縁を作っているらしい場面が 映っていました。 慌てて、音を出してみたら、「絵に合わせて 額縁を作ってくれる」 というような印象でしたが、あまり内容が分からない内に、その番組は 終わってしまいました。
その日の新聞の TV番組欄で確かめてみると、どうも、ローカル局の自社制作の 5分足らずの番組 『夢を追う人』 だった様で、TV局へ電話をして教えてもらったのが、松山の 額師 『風雅』 さんでした。
“善は急げ” すぐに、絵を一枚持って、『風雅』 さんの工房を お訪ねしました。 とりあえず、小品の額縁を 二枚作って頂くことになりました。 ところが、その額縁が 出来上がるのを待っている時期に、たまたま、色々な方の御縁で 紹介された画廊で、初めて、松山で 正式な個展をすることになり、画廊主さんと 色々 話をする中で、『風雅』 さんは、その画廊主さんと、仕事上の 深い関わりがあることが判って、「あれっ、そうなんだ!」 と 御縁を感じたのでした。
それに今回も、『風雅』 さんがらみで 個展を開く事になったので、『風雅』 さんとは ちょっと不思議な御縁があるようで、神様に感謝しています。
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