釈 尊 フ ァ イ ブ の
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第17話「龍樹の伝言」 −ナーガールジュナと「空」の思想−
マイケル 大乗仏教の基本的な考え方って、何？
ジャネット やっぱり「空」じゃないかしら？
マイケル 「空」ね！ 確かに、この青い空を、後世に残したいよね！
ジャネット 「そら」じゃなくて、「くう」よ！ 普通に会話してたら間違えないでしょ！
マイケル 「くう」かぁ。で、どういう意味なの？
ジャネット そうねぇ、簡単には言えないけど、そもそもはインドの龍樹（ナーガールジュナ）って人がまとめた理論で、「すべてのものは実体がない」って意味よ。この世にある物は、目に見えていても、実体はないわけ。
マイケル 「無」ってこと？
ジャネット そうじゃない。実体は無いけど、現象としては有るわけ。
マイケル なんじゃそりゃ？？
ジャネット そうねぇ、例えば… 数字の０（ゼロ）があるわよね。意味は？
マイケル 「無い」ってことでしょ？
ジャネット そういうときもある。でも、本当に「無」を意味するなら、「100」だって「10000」だって、「1」ってことになっちゃうわよね。数字の0は、そのケタの数が「無」であることを表すと同時に、そのケタそのものは「有」ということを示しているの。
マイケル …なんのこっちゃ！
ジャネット じゃぁ、こういう例えはどう？ お風呂があります。お風呂にはお湯が入っていません。「からっぽ」ってことね。お風呂はからっぽでも、お風呂が無いってことにはならないでしょ？
マイケル …やっぱり、なんのこっちゃ、だよ！ 分かりにくいんだよね〜。どうせなら、そのからっぽのお風呂に般若心経でも書いておいてほしいね。
ジャネット どういう意味よ？
マイケル 「あの人はもう気づくころよ バスルームに龍樹の伝言♪」
ジャネット あのねっ！ それ、「ルージュの伝言」でしょ！
ここから、大乗仏教の具体的な説明に入りましょう。
まず、大乗仏教の最も中心的な考え方である「空」について取り上げます。
そもそも全仏教の中心的な考え方は、というと、それは「縁起」でした。意味は「世の中のあらゆる物事は互いの関係性によって成り立っている」というものでした。釈尊は、縁起を見極めることで苦を原因から解決しようと訴えたのでした。
しかしその後、仏教の理論化が進む中で、説一切有部の人たちが「自性」を提唱し始めました。物事の中には「それそのもの自体として存在するもの（自性）がある」と訴え、自性を見極めることで苦から救われる、と説いたのです（詳しくは第15話を参照）。
それはおかしい！ と反論したのが、「大乗仏教の祖」と呼ばれたナーガールジュナ（龍樹）でした。ナーガールジュナは「そんな自性なんてものは無い」と主張し、そのことを「空」と呼んだのです。
つまり、ごく簡単に言うと、空（くう）とは「あらゆる物事には自性が無い」という意味になります。
空というと、一般的には難しい印象を持たれていますが、このように縁起・自性・空をセットで考えると、とても簡単なのです（もちろん厳密には難解な説明がされていますが…）。
さらに空の思想は、そこから深化して、「あらゆる現象には実体がない」（相互の関係のみで成り立っている）ということを表わしもします。それがどういう意味なのかは、上記のジャネットの「0（ゼロ）」と「お風呂」の説明のとおりです。
ナーガールジュナの著作『中論』では、実在論を否定し、すべてのものは実体として認識することはできず、単に言葉によって作り上げたにすぎないと説いています。そして、世の中の事象を理解するために人間は言葉を使うが、これも便宜上用いるものであり、その理解は「仮」のものであるとしています。これを言語哲学の先駆けだとする意見もあります。さらにナーガールジュナは、重箱の隅をつつくような論争にあけくれる僧侶たちに対し、「釈尊に回帰しよう」と呼びかけ、「中道」を訴えました。この主張を受け継いだ思想的グループは、「中観派」と呼ばれています。
また、空の思想が説かれている経典は、『般若経』系の経典です。特に「般若心経」は空の思想の心髄が説かれているといわれています。有名な「色即是空 空即是色」という経文は、「物事は実体がないから空である、空は物事として現れる」という、空の思想のエッセンスが示されています。
ちなみに、ナーガールジュナの人生は、いろいろな伝説に彩られています。詳しくは述べませんが、どうやらあまりに頭が良すぎて生きる意味を見失い、欲望のおもむくままにやりたい放題やった時期があったようです。その人が「中道」を説くんですから、確かに説得力がありますね（笑）
2007年9月21日 坂田光永
