「では、人は 何を 見ているのか」 考えてみるけれども、物の 姿・形以外に見る物なんて、何もない訳で、長い間、疑問に思っていたので・・・・・その疑問が、一気に
氷解しました。
人は、無意識の内に 「距離」 を測っている、それは間違いないだろうと 確信しています。 それでは、何故、人は 第一義に 「距離」 を測るのだろうか、この問いには、ほとんど
すぐに 答えを思いつきました。
生きていく上で、人は 自分の身の安全を守るために、あるいは 作業を うまく処理するためには、「距離」 を正確に測る事は、必要不可欠の条件である事が判ります。
そして 人が自分の 「身を守る」 という目的が、視覚の最も重要な役割である事に 気がついた時、人には 自分の身の安全を守るために、もう一つ 確認しなければならない項目がある事を
思いつきました。
それは、見ている対象が 何であるのか、それが 自分にとって 危険なものであるのか ないのか、確認しなければなりません。 見ている対象に、すでに知っている 「名詞」 を当てはめる事ができれば 一安心ですが、当てはめる事ができなければ、それは 未知の物ですから 警戒しなければなりません。
こう考えてきますと、人は 「距離」 の他に、もう一つ 物に付いている 「名詞」 を見ている事に気がつきます。 例えば、リンゴを 視ている時、人は
リンゴの姿と形を見ているというよりは、「リンゴ」 という名詞を確認していると言えます。例えば、青空を見上げている時、空の 実際の青さを見ているのではなくて、「青空」
という名詞の青さを見て 感動していると考えます。
こんな風に 何を見ても、必ず、物の 姿と形の向こう側にある 「名詞」 を人は見ている。 私は、そう確信しています。
この考察の後で、では この条件の下で 絵が満たさなければならぬ 優先順位を考えます。
@ 描いた対象が、何であるのか すぐに判る事
A 作者から、描いた対象までの距離、そして 対象と対象の間の距離が、なるべく正確に表現できる事
B 対象が 何であるのか 判断し易い様に、陰影をつけて 描写を正確にする事
ここでは、@ ・ A が大切な要件であって、B の対象の正確な描写は、@ ・ A を手助けするためにあるので、それ自体が 目的ではありません。
ここで、@ と A を重点的に 考えてみます。
実際に、絵を描いていて、@ の価値評価は、非常に 難しいと思います。 例えば、幼児の絵でも、絵手紙でも、漫画でも、それが 何を描いてあるのかは、大抵
すぐ判るものです。 これは、犬の種類には 何百種類もあると思いますが、その外形が どんなに違っていても、すぐ 犬だと判るという事に 似ているように感じます。
私には、手に余りますので @ の項目は、今は 保留にします。
それでは、A の項目を考えてみます。 そこで とりあえず、私の予測を 実験してみました。
山並みが 幾重にも重なって 遠くへ消えていく時、段々 薄くなっていく 山並みの色合いに、私達は 心地よい 空気感と 距離感を感じますが、あの原理を、短い距離である
机の上の 静物たちに適用して 描いてみました。
そうすると、机の上に 明らかに 山並みを見る時の様な 空気感が生まれます。
それで とりあえず 「距離」 を表現するためには、空気感があれば 良いと考えて、では 「空気」 の事でも考えてみようかと、「空気」 に注意を向けた途端に、ほんとに
「あっ!」 と驚きました。
地球上で、最も、どこにでもある物が 「空気」 です。
陸にも、海にも、山々にも、家の中にもあって、しかも、いつも 人を包み込むように、一番 人に近い所にあります。 そして、空気が無くなれば、人は
三分で死にます。 その緊急性は、水とか 食物とかの オーダーとは、三桁とか四桁とかは 違っています。
それに加えて、太陽光線といえども、空気がなければ 光として機能しないのです。 それどころか、音さえも、空気がなければ 「音」 として聴こえません。
これらの事実に気がついた私は、人の脳の中には、必ず、空気の濃度を計る部位があって、ひょっとしたら 絵を見る時も、この部位の影響が 一番強くあって、絵に空気感があると
快適に感じるのではないかと 予断しています。
それで、三年位前からは、意識的に 「空気」 を描くつもりで、静物画を 描く様にしています。 何故なら、今まで述べた様な事実を考えますと、「空気」
を描く事は、地球を描く事に 他なりません。 誰がやっても、「空気」 を直接 描く事はできませんが、また逆に、風景画に限らず、人物画でも 静物画でも、「空気」
を表現する事は、努力次第で 可能になります。
この時、一番 参考になるのが、フェルメールの絵で、フェルメールの展覧会に行った時に 手に入れた 『牛乳を注ぐ女』 や、『真珠の耳飾りの少女』
や、『編み物を編む女』 などの 大きなポスターを、仔細に 観察している 今日この頃です。 (終) (9月26日 「四国まん中アートコロニー」
の 講演会にて)