仏教と現代

花屋の店先に並んだ
いろんな花を見ていた
ひとそれぞれ好みはあるけど
どれもみんなきれいだね
この中で誰が一番だなんて
争うこともしないで
バケツの中誇らしげに
しゃんと胸を張っている

それなのに僕ら人間は
どうしてこうも比べたがる?
一人一人違うのにその中で
一番になりたがる?
そうさ 僕らは
世界に一つだけの花
一人一人違う種を持つ
その花を咲かせることだけに
一生懸命になればいい

(中略)

小さい花や大きな花
一つとして同じものはないから
NO.1にならなくてもいい
もともと特別なOnly one

(SMAP『世界に一つだけの花』)

作詞 槇原敬之 JASRAC管理番号 103-1720-1

藤井和子さん撮影による、島根・荒島古墳群造山古墳の登り下りのつつじの写真です 「個性の時代です」「もっと個性的になれよ」

 そういう言い方が私は嫌いです。だいたい、世の中に安易に受け入れられる「個性」なんて、個性の度合いからいえば低いでしょう。むしろ「個性なんかありません」って言う人のほうが個性的だと感じるときすら、あるものです。

 逆に、世間一般にあまり受け入れられないようなこと――例えば同性愛とか様々な障害とか――は、東西問わず排斥の対象になりがちですが、それこそ尊重されるべき個性ではないでしょうか。私たちは、自分が個性的になることばかりに興味があって、他者の個性を受け入れる寛容さには無頓着になりがちです。

 「No.1にならなくてもいい」と歌ったSMAP『世界に一つだけの花』が、2003年のNo.1ヒット曲になったというのは、皮肉と言えば皮肉です。SMAPという存在自体も、芸能界の熾烈な競争を勝ち抜いたグループなのです。彼らは決して「No.1にならなくてもいい」とは思ってないでしょう。いや、すでにNo.1だからこそ、歌える歌だったりして。

 個性って、何でしょうね。無理に奇抜なことをやるとか、自分らしくないことをやるなら、それは個性とは違いますよね。同じように、競争社会でこそ力を発揮できる人は、それでもいいのかもしれません。人と同じことをやって人より上手にできる。それも大切な個性だと思います。

 ただこの歌のヒットに、「世の中、捨てたもんじゃないな」と思ったのは、正直なところ。「みんなそう思ってたんだぁー」って、ちょっと安心したりもしました。日々、何かと無理をしながらも、「無理をしない」を合言葉に生きていく、そんな現代なのでしょう。あるいは、頑張りすぎている人に「あなたはすでにじゅうぶん頑張ってるよ」と声をかけるような。

 この歌の真骨頂は、最後の部分「もともと特別なOnly one」だと思うんです。

 「個性的になろうよ」と歌うのではなくて、「あなたはすでにじゅうぶん個性的ですよ」と歌っている。と思ったら、あら、それって仏教的だ、と感じました。

 『華厳経』というお経には、仏の光明が宇宙の端から端まで遍満しているのだ〜、だからあらゆるものは如来なんですよ〜、草木一本、石ころ一つ、如来なんですよ〜、と書いてあるそうです。もともと釈尊がそこまで言及したかどうかは分かりませんが、釈尊の悟りの延長線上にあることは確かです。

 釈尊の悟りというのは、つまるところ自然界の法則性の発見です。自然界は相互に係わり合いながら存在しています。釈尊は「全ての物事は係わり合っている」と理解し体感したのだと思います。とすれば、例えば野に咲く花一つ手にとってみても、この花は周囲の動植物と相互に係わり合い、大地と係わり合い、地球と係わり合い、宇宙と係わり合っています。だから花一つから宇宙すら理解し、体感できるんです。これが華厳の世界。なんだかとっても壮大ですね。『華厳経』ってのは壮大です。

 同時に、花の形や色というのは、たまたまなんですけど、とっても奇遇で、それでいて貴重なものです。宇宙全体がよってたかって係わり合った、その結果としてそうなったわけです。だからその花の形や色というのは、そのままですでに如来なのです。

 場合によっては無理をすることも必要です。でも無理して個性的になろうとすればするほど、本来の自分らしさと乖離していくのを感じたら、「もともと特別なOnly one」であることを想い出してください。あなたはすでにじゅうぶん個性的ですよ。

2004年5月21日 坂田光永


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