法話集
高野山本山布教師 坂田 義章
おかげさまで
夕顔の蕾ほどけて夕闇(やみ)のなか白い小さな宇宙を区切る
(一)
軒先に植えておいていました夕顔が咲き始めました。蕾(つぼみ)は白いハンケチをしぼったような形をしており、いつも知らないうちにほころびていますので、「夕顔の笑みの眉」が開ける瞬間を見たことはありません。おとといの夜は一つ、昨夜は三つという具合に直径十センチほどの白い花が咲いています。開花直後は青草のようなにおいを放っております。
懐中電燈の光をあてますと、夜露をのせた花びらは細かい縦じまの絹織物のように光っています。五本の淡い緑色の筋が表面ににじみでていて、楚楚(そそ)とした感じを加えています。
思うに夕顔は薄幸です。朝の光の中では、見る影もなくしぼんでいます。「一体夜のあいだに、闇を高貴な白さで飾ろうとするこの花に何が起こっているのだろう」と言ったのは串田孫一さんです。
「源氏物語」の中で、夕顔の君が暁を待たずして死んでゆく場面で、「ただ冷えに冷え入りて、息は疾(と)く絶え果てにけり。いはん方なし」という描写は、そのまま蕾の花の最後を彷彿(ほうふつ)させます。
(二)
論語に次のような問答があります。
子貢問うて曰(いわ)く、一言にして以て終身これを行なう価値があるものがありましょうか。
子曰く、それは「恕」(じょ)、他人の身になってやることだろうかね。自分の欲しない事を、他人にやらせてはいけないよ。
恕、思いやりの心であります。思いやりの心の一例を申しますと建物の入り口で必ずふり返り、後ろからくる人のために微笑(ほほえ)みつつドアをもっていたり、「ありがとう」「どうぞ」「すみません」などの言葉が自然に出るようになた時、「ぬくもり」「やさしさ」が身についたといえるのではないでしょうか。
道元禅師は「正法眼蔵」の中で書いておられます。「愛語は愛心より起る、愛心は慈心を種子とせり」と。
親が子供を叱ります。「お前が可愛いからこそおこるんですよ」と言っていますが顔つきや、声の調子や眼の色は憎しみに燃えています。叱る親の顔や眼を見ながら、その叱る声を聞いた子供は、可愛いと言っているのは口先だけで本当は憎んでいるのだなと直感します。
顔色、声、身振りはみな心の鏡、心の窓であります。思いやりの心があれば、それは自然に心の窓を通して現れるはずです。いかに言葉が冷厳でありましても子供は親の顔色をみてとる直感力、本能をもっているのです。親の言葉が愛の鞭(むち)であるかどうか、顔色、眼から判断します。
お大師さまは「仏心は慈と悲なり」(性霊集)と申されています。仏心、思いやりの心は理屈ではありません。わが身をつめって人の痛さを知れという諺(ことわざ)がありますが、わが身をつめっただけでは人の痛さはわかるはずがありません。人と同じように自分も転んでこそ転んだ人の痛みがわかるはずです。仏教でいうところの「同事」の立場であります。真の思いやりの心は同事の立場に立ってこそ湧き出るのでありましょう。
「虚往実帰」(むなしくいきてみちてかえる)は、お大師さまの恵果和尚への追慕から生まれた言葉であります。体から滲み出た思慕の言葉であります。
「虚往実帰」という言葉を口ずさみながら、お大師さまの体験を追体験させていただくことによっておかげさま≠ニ心から言えるような思いやりの心、感謝の心が豊かに育ってゆくのではないでしょうか。また、そうすることがお大師さまへの報恩の道であり、その過程におきまして慈悲の種が熟してゆくと信じております。
南無大師遍照金剛 合 掌
この文章は、転法輪寺発行『転法輪』(2007年8月)に掲載されました。
《過去掲載分》
○ 2007年7月21日「到りうべしや」
○ 2007年3月21日「おかげさま」
○ 2007年1月1日「私達の忘れ物」
○ 2006年8月23日「くちなしの花」
○ 2006年7月21日「露の法音」
○ 2006年4月21日「負い目」
○ 2006年1月1日「別事無し」
○ 2005年8月21日「秋風蕭蕭(しょうしょう)」
○ 2005年7月21日「ハスの花」
○ 2005年6月21日「賽の河原の地蔵和讃」
○ 2005年1月1日「一期一会」
○ 2004年9月21日「仏法遙かにあらず」
○ 2004年3月21日「リンゴの気持ち」
○ 2004年2月21日「ふうせんかづら」
○ 2004年1月21日「心の師」
○ 2003年10月21日「百日紅の花」
○ 2003年8月21日「露団団」