仏 教 と 現 代
松長有慶・新座主の紹介
高野山真言宗の総本山・金剛峯寺の第412世座主(ざす)に、松長有慶師が就任されることが決まりました。座主は高野山真言宗の管長を兼任されます。弘法大師の法燈を受け継ぐ最高職であるとともに、高野山真言宗の行政上のトップでもあります。
松長先生は学者さんです。高野山大学の元学長であり、日本の、いや世界の密教研究の第一人者です。チベットで貴重な曼荼羅を発見し、その歴史的な位置づけを行ったのは松長先生の功績の1つです。日本の曼荼羅ブームの立役者でもあります。
そして松長先生は、私の灌頂(かんじょう)の師でもあります。灌頂、つまり私が真言宗の阿闍梨(あじゃり)になってもよいとお認めになった師匠なのです。ということは、私は松長先生の弟子にあたるわけなんです。まぁ、高野山専修学院(=新僧侶の養成道場)の門主として大勢に灌頂を授けてきた松長先生ですので、珍しいわけではありませんが。
そんな松長先生が管長になられるということですので、ぜひ皆さんにも松長先生がどんな人かを知っていただこうと思い、ここで著作紹介をさせていただこうと思います。
まず初めに、松長先生の密教研究の集大成であり、松長有慶を世に知らしめた一冊でもある、『密教』(岩波新書)をお読みください。大きく分類すれば、真言宗は「密教」というカテゴリーの仏教です。真言って? 曼荼羅って? そんな基本的な知識から、現代密教のあり方まで、幅広くカバーされています。まさに手軽にして最適な密教の入門書です。
次は『理趣経』(中央公論新社)です。真言宗の葬儀や法要では必ず『理趣経』というお経が読まれます。けれども一般の人にとって、理趣経はなじみが薄いと思います。そこで、この本でその意味と意義を垣間見てはどうでしょうか。いつも法事のときにうちの住職が読んでいるお経は、実はこんなに深くて、刺激的なお経だったんです。
最後に、これはなかなか手に入らないと思いますが、『一鳥声あり』という著作を紹介します。松長先生が法印というお役に就かれたとき、記念に出された本です。「中外日報」という仏教業界紙に連載されていたエッセイがまとめられています。
この本は、松長先生が日ごろあまり口にしない(というかいろいろなしがらみで口にしにくい)本音が、けっこう書かれています。特に、宗教と科学、宗門大学のあり方など、仏教者が本来発言すべきなのに遠慮してきた(無関心でいた?)現代的テーマを、果敢に扱っています。
この本には、こんな一節もあります。
「今月(=平成2年10月)二十三日付の中外日報紙には座主選挙をめぐって揺れる高野山が報じられた。こういった数百万の信徒の夢をこわし、信仰を傷つけるような醜い世俗事が、今後に残るようなことがもしあるならば、当事者は即刻に還俗して、山を下ってほしいものだ。」(「高野山にのぞむこと」より抜粋)
その座主に、いまや松長先生が就任されます。ぜひ空海の教えを現代社会に活かしていけるよう、松長先生とともに、私たち末端の僧侶も取り組んでいきたいものです。
2006年8月23日 坂田光永
《バックナンバー》
○ 2006年7月21日「靖国神社と仏教の死生観」
○ 2006年6月21日「捨身ヶ嶽で真魚を見た」
○ 2006年5月21日「キリスト教と仏教と「ダ・ヴィンチ・コード」」
○ 2006年4月21日「最澄と空海」
○ 2005年9月23日「お彼岸といえば…」
○ 2005年7月21日「お盆といえば…」
○ 2005年4月21日「ねがはくは花の下にて春死なん…」
○ 2005年3月21日「ライブドアとフジテレビと仏教思想」
○ 2005年1月21日「…車をひく(牛)の足跡に車輪がついて行くように」
○ 2004年8月21日「…私は、知らないから、そのとおりにまた、知らないと思っている」
○ 2004年7月21日「鈴と、小鳥と、それから私、みんなちがって、みんないい。」
○ 2004年6月23日「文殊の利剣は諸戯(しょけ)を絶つ」
○ 2004年5月21日「世界に一つだけの花一人一人違う種を持つ…」(SMAP『世界に一つだけの花』)
○ 2004年4月21日「抱いたはずが突き飛ばして…」(ミスターチルドレン『掌』)
○ 2004年3月23日「縁起を見る者は、法を見る。法を見る者は、縁起を見る」
○ 2004年2月21日「…犀(さい)の角のようにただ独り歩め」
○ 2004年1月21日「現代の世に「釈風」を吹かせたい ―心の相談員養成講習会を受講して―」
○ 2003年12月21日「あたかも、母が己が独り子を命を賭けて護るように…」
○ 2003年11月21日「…蒼生の福を増せ」
○ 2003年10月21日「ありがたや … (同行二人御詠歌)」
○ 2003年9月21日「観自在菩薩 深い般若波羅蜜多を行ずるの時 … 」
○ 2003年8月21日「それ仏法 遙かにあらず … 」