法話集
高野山本山布教師 坂田 義章
「春遠からじ」
てのひらに載せて見つめる銀杏(ぎんなん)は自然のこぼす泪ならずや
自然のもつ時間に触れたる銀杏が裸身になりゆく寂漠の景
ドクダミの花の匂ひに顕(た)ちて来るほろにがき老いの悔いと追憶
樹の陰でしゃうないと本音あげてゐる強き匂ひのドクダミの花
生とともに死にも領有されゐるか日々せめぎ合ひの吾の体内
お先にと老いの耳目を慰めて風の縁(えにし)のひなげしは散る
苧環(おだまき)の花咲きたりとさまざまに還(めぐ)る思ひは弔ふごとし
ひぐらしの声路地裏に流るるに老残の身の影喘ぎゆく
紫の光のやうな花をつけてりんとしてゐる寒風のすみれ
倒れたるままにゆうらりと揺れてゐる素直なるかもコスモスの花
さらばへる老いの身包むろう梅の冬の組曲に似て匂ひ来る
なまなまと秋の気を帯び醒めた目で吾を見つめるふうせんかづら
南天の赤い瞳が黙語する君知るや否や春遠からじ
沈丁花の香が庭を奔り来てもうそこまでの春を告げをり
朝寒夜寒凝り固まりて咲きたらむ身の清らかに佗助椿
南無大師遍照金剛 合 掌
この歌は2010年1月1日発行『高野山時報 新春合併特集号』に掲載されました。
《過去掲載分》
○ 2009年9月23日「禽獣卉木 皆是法音」
○ 2009年6月21日「仏道遥かに非ず」
○ 2009年1月1日「何かが忘れられている」
○ 2008年10月28日「鳳仙花燃ゆ」
○ 2008年9月21日「鳳仙花揺るる」
○ 2008年7月28日「微笑の灰」
○ 2008年2月21日「日はまだ暮れず」
○ 2008年1月2日「見られている」
○ 2007年10月21日「桜池院前官追悼詠草」
○ 2007年9月21日「おかげさまで」
○ 2007年7月21日「到りうべしや」
○ 2007年3月21日「おかげさま」
○ 2007年1月1日「私達の忘れ物」
○ 2006年8月23日「くちなしの花」
○ 2006年7月21日「露の法音」
○ 2006年4月21日「負い目」
○ 2006年1月1日「別事無し」
○ 2005年8月21日「秋風蕭蕭(しょうしょう)」
○ 2005年7月21日「ハスの花」
○ 2005年6月21日「賽の河原の地蔵和讃」
○ 2005年1月1日「一期一会」
○ 2004年9月21日「仏法遙かにあらず」
○ 2004年3月21日「リンゴの気持ち」
○ 2004年2月21日「ふうせんかづら」
○ 2004年1月21日「心の師」
○ 2003年10月21日「百日紅の花」
○ 2003年8月21日「露団団」