仏教現代

空海の夢


 4月21日は、全国各地で「正御影供」が行われる。承和2(835)年に弘法大師空海が入定して、1172年目の正御影供だ。

 先日、驚嘆すべき書に出会った。松岡正剛『空海の夢』(春秋社)である。著書は「編集工学」を専門にする人物。空海の業績を、現代の最新の生命科学や言語研究などから解釈しようとしている。

 まず、とにかく著者の博覧強記ぶりに驚かされる。『即身成仏義』『声字実相義』などの空海の著書を総ざらいしているのは当然として、華厳や般若の諸経論、日本の宗祖たちの著作などをひととおり眺めた上で、空海論につなげている。さらに国内外の最新科学や文化人類学に精通していることも明らかだ。この人は、いったい一日に何冊の本を読んでいるのだろうか。『空海の夢』一冊を読んだだけで、何十冊分の著書の要約を読んでいるかのようだ。

 しかしそれだけではない。私は著者の新鮮な分析に再び驚嘆してしまった。例えば、著者の考える空海の密教観を、現代風にまとめている。要約して紹介しよう。


「空海のアルス・マグナ」

T 絶対の神秘――神仏の共鳴から
 1 絶対者の設定
 2 諸神諸仏の統合
 3 意識の神秘主義
 4 流伝と付法

U 象徴の提示――イメージのコミュニケーション
 1 声字と言語
 2 象徴的伝達性
 3 マンダラ・シンボリズム
 4 メタファーの自由

V 儀礼の充実――華麗なるパフォーマンス
 1 修行と戒律
 2 事相と教相
 3 宇宙大の空間へ
 4 生きている密呪

W 総合と包摂――普遍世界を求めて
 1 対の思想
 2 華厳から密教へ
 3 十住心論の構想
 4 観念技術と方法論

X 活動の飛躍――アクティビティの深化
 1 生命の海
 2 仏法と王法の橋梁
 3 社会観と教育観の統合
 4 文化の形成


 こうして見ると、まるで密教思想を1冊の本にしたときの、目次のようである。さすがに「編集」のプロのやることだ、と思いきや、著者はそう考えているわけではない。「編集」のプロである著者自身が、「空海こそ編集のプロ」と考えているのだ。たしかに空海は、彼以前のあらゆる仏教を真言密教という「編集方針」の下に包摂・統合したわけで、それは「編集」というにふさわしい作業だった。

 そして、この作業を上記のようにまとめなおした著者は、ため息をつくようにこう書いている。「空海だけがとびぬけていたというしかなかった」。その感想に、私たちも同意する他ない。

 いつまでたっても空海に追いつけない。焦燥感が募る、今日この頃だ。

2007年4月21日 坂田光永


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