法話集

阿闍梨 義章 追悼の文

 私の祖父・坂田義章が、2013年8月30日、世壽93歳にて遷化いたしました。生前には大変お世話になりました。ありがとうございました。通夜・葬儀の際に、義章の短歌を織り交ぜながら、その生涯を紹介させていただきました。こちらに掲載させていただきます。


つつましいほど華麗と言ふべけれ路地の隙間に吾亦紅(われもこう)(のぞ)

 祖父・坂田義章は、大正10年1月1日、光明院にて生まれました。祖父は、つつましく朴訥で、決して言葉数の多くはない人でしたが、祖父の思い出をさかのぼると、多治米の家の仏壇の前で「理趣経」の最後の一行「同一性故入阿字」について私に話していたことを思い出します。私は10歳前後でした。祖父は「やっと最近、意味が分かった。これは死んだらみんな同じところに行くということだ」と言うのです。10歳そこらの子どもには理解できるはずもありません。ですが、今となっては分かるような気がします。

挙手の礼して笑む友の幻よ鳳仙花咲く生垣の辺(へ)

 祖父は戦争末期の昭和20年、宇佐海軍航空隊員として、沖縄周辺の敵艦船並びに輸送船団に特攻出撃をしました。祖父が出撃前夜、自分の母親に宛てた遺書の一節には、こうあります。

「静かに流れて行く悠々たる自然の中に人間の生命は没し、また生まれて参ります。生の喜びも束の間でしたね。明日愈々(いよいよ)特攻で出撃します。永らえてもいつか散る運命ですから笑ってみていて下さい」

 同期の31名の方が亡くなる中、祖父の乗っていた飛行機は、800キログラムの爆弾を装備して出撃するも、吐喝喇(とから)海域に不時着水し、一命を取り留めました。このことを、祖父は一生の重荷として背負っていました。

散華せし人還れるや歳月の壁の向うに鳳仙花燃ゆ

 戦後の人生は残り香のように思っていたのかもしれません。しかし、国語の教員として教鞭をとり、一方で草花を愛して短歌に読み込んで過ごす日々は、祖父にとっては自分の生き様に合った生き方であったように思います。

もう一つ別の生き方を夢としてあらあらかしこふうせんかづら

 本山布教師としては、遅咲きながらも、各地を訪れる機会をいただき、ときにはラジオ法話などの経験も得ました。お大師様の言葉の中では、特に「仏法遥かにあらず」を好んで法話で紹介していました。よく本を読む人でした。晩年は老いを感じていたようで、そのことを盛り込んだ歌が多くなります。

お先にと老いの耳目を慰めて風の縁のひなげしは散る

 そして8月30日、午後7時25分、坂田義章は息を引き取りました。もしあのとき死んでいたら。もし別の生き方があったら。祖父は戦後六十八年間、ずっとそんな思いを抱えて生きていたのかもしれません。同一性故入阿字――みんな同じところに行く、という理趣経の言葉は、そんな生きづらさを感じる祖父を支える杖言葉となったのでしょう。とはいえ、数え年で93歳を生きたのです。命をじゅうぶん全うしたと、私は思います。「お疲れ様でした」と声をかけたいと思います。

苧環(おだまき)の花咲きたりとさまざまに還(めぐ)る思ひは弔ふごとし

 私の机には、まだ元気なころに私の誕生日を祝して祖父が歌ってくれた短歌があります。

生きねばと控え目に咲く辛夷(こぶし)の花求道者に似たり君の面(も)の顕(た)

光明院 住職 坂田 光永
南無大師遍照金剛 合掌




《過去掲載分》

○ 2012年1月1日「足摺岬」
○ 2011年1月1日「春遠からじ」
○ 2010年4月21日「春の心」
○ 2010年1月21日「到りうべしや」
○ 2010年1月1日「春遠からじ」
○ 2009年9月23日「禽獣卉木 皆是法音」
○ 2009年6月21日「仏道遥かに非ず」
○ 2009年1月1日「何かが忘れられている」
○ 2008年10月28日「鳳仙花燃ゆ」
○ 2008年9月21日「鳳仙花揺るる」
○ 2008年7月28日「微笑の灰」
○ 2008年2月21日「日はまだ暮れず」
○ 2008年1月2日「見られている」
○ 2007年10月21日「桜池院前官追悼詠草」
○ 2007年9月21日「おかげさまで」
○ 2007年7月21日「到りうべしや」
○ 2007年3月21日「おかげさま」
○ 2007年1月1日「私達の忘れ物」
○ 2006年8月23日「くちなしの花」
○ 2006年7月21日「露の法音」
○ 2006年4月21日「負い目」
○ 2006年1月1日「別事無し」
○ 2005年8月21日「秋風蕭蕭(しょうしょう)」
○ 2005年7月21日「ハスの花」
○ 2005年6月21日「賽の河原の地蔵和讃」
○ 2005年1月1日「一期一会」
○ 2004年9月21日「仏法遙かにあらず」
○ 2004年3月21日「リンゴの気持ち」
○ 2004年2月21日「ふうせんかづら」
○ 2004年1月21日「心の師」
○ 2003年10月21日「百日紅の花」
○ 2003年8月21日「露団団」




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