仏 教 と現 代

聖火の“燃料”帝釈峡のスミレ(藤井和子さん撮影)

 長野の善光寺が聖火リレーの出発地を断った。チベットでの騒乱が聖火リレーに「飛び火」して以来、ついに日本もその当事者になった。

 チベットの問題が起きて以降、日本の仏教界は、いつものことながら反応が鈍かった。だいたいにおいて日本の僧侶は国際問題に無関心である。しかし、今回に限っては「当事者」にならざるを得なかった。受け入れても、断っても、当事者であることを引き受けたことになる。チベットの方々やダライ・ラマ法王には大変申し訳ないが、日本仏教にとってはよい試金石だったと思う。

 ところで、日本仏教はダライ・ラマ法王が大好きだ。各宗派は、彼を何度も日本に呼んでいる。ただ、その理由はおおむね「世間に注目されるから」「大量動員が期待できるから」というもの。真摯なダライ・ラマ信者や、コアなダライ・ラマファンが日本にはたくさんいる。各宗派のお歴々は、そんな彼の「集客力」をあてにしているに過ぎない。

 こんなエピソードがある。ダライ・ラマを呼んだある宗派のお歴々が、ダライ・ラマを囲む会を開いた。仏教の役割や僧侶の在り方について熱い対話をしたいというダライ・ラマの期待をよそに、司会者は「法王に質問はありますか? …なければこれから法王との記念写真に移ります」と言い放ち、あとは延々、お歴々とのツーショットに時間を費やした。要するに彼らにとっては、「有名人と会った」というアリバイ作りで十分だったのだ。その後に開かれた講演では、お歴々は最前列に座った挙句、ダライ・ラマの話もそっちのけで居眠りをし、ガムを噛み、雑談に花が咲いたという。ちなみに「お歴々」とは真言宗の高僧たちである。(上田紀行『目覚めよ仏教』より)

 また、日本のダライ・ラマファンの質もそんなに高いと思えない。ダライ・ラマは講演の際には必ずチベット問題に触れるが、そんな彼に触発されて、チベットの民主化に協力しようという人が日本で激増している様子はない。ダライ・ラマがどんなに必死に社会的メッセージを発しても、受け止める側は、ダライ・ラマを「スピリチュアルな指導者」としか見ていないからだ。ダライ・ラマ法王もちろん、そういう見方が悪いわけではないが、魂の在り方と社会の在り方とは不可分なはずで、どちらか一方にしか目が向かないのは「スピリチュアルへの逃避」でしかないと思う。

 そもそもチベットで騒乱が起きた背景には、「資源」の問題がある。チベットには、銅、鉛、亜鉛、鉄鉱石の鉱床や、油田、ガス田、オイル・シェール鉱床など、豊富な地下資源が眠っているらしい。さらには需要が高まっているレアメタルの類もあるようだ。この資源を狙って、中国政府がチベットの聖なる山々を掘り返し始めた。急速に発展を遂げる中国は資源がいくらあっても足りない状態で、チベットの地下資源は喉から手が出るほど欲しい。そんな、なりふりかまわぬ中国政府に対して、チベット人の反発が高まった。逆に欧米各国は、あわよくばチベット独立を促して、中国政府に気兼ねせず開発を進められるようにもくろんでいる。

 ダライ・ラマは以前から「チベット開発の倫理的価値について考えてほしい」と訴えている。私たちの豊かな生活を支える資源開発が、チベットの自然と人々を苦しめる結果になっているのかもしれない。私はチベット問題にどう取り組めるだろうか。…などと書きながらも、実際はテレビで聖火リレーの行方を眺めて、面白おかしく論評するのが関の山だ。

 テレビで聖火を見ながら、ふと、この火の燃料はきっと石油なんだろうなぁ、などと考える。この聖火の燃料を、せめて廃食油を使ったバイオ・ディーゼル燃料にできないものか。資源を使わない生活を進めることで、間接的にチベットの自然と人々を守れはしないだろうか。考えているだけでは、ダメなのだけど。

2008年4月21日 坂田光永


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