仏 教 と現 代


「伝道師」としてのオバマ



 1月21日の早朝2時、国民の期待を一身に受ける新大統領、バラク・オバマが、第44代アメリカ合衆国大統領に就任しました。

 実は私は大のアメリカ大統領選挙フリークで、一昨年からずっと、ヒラリー・クリントンやマケイン、そしてオバマの動きに注目してきました。その過程でオバマの演説に触れ、しばしば感動し、たまに泣いてしまったりしていました。初の黒人大統領としてオバマが大統領に当選したことは、世界にとってだけでなく、私にとっても大きな出来事でした。

 新大統領の就任演説は日本でも生放送されます。そんな19分の演説を、私も夜更かししながら視聴しました。

  私は、「さぁどんな感動的な演説をするかな?」という思いでテレビをつけました。これまでスタジアム級の会場で人々を熱狂させてきたオバマが、世界中の注目する中で、いったい何を語るのか? きっと多くの人も、私と同じように待ち構えていたと思います。

 しかし、実際は違った。「建国の精神」「責任」「テロにひるまない」「義務」といった、ハードで、なおかつ耳心地の決して良いとは言えないフレーズが並んでいました。

 率直に言って、「地味」「かたい」という印象でした。

 もちろん、話し方やレトリックの巧みさは文句なしですが、勝利宣言で見せたような、涙が止まらなくなるような感動的エピソードはありませんでした。むしろ、感動を求める聴衆を静かに諭すような、そんな雰囲気すらありました。

 そして、それが悪いというわけではなく、むしろ意外性があって面白かったのです。「そう来たか!」という感じです。

 それこそがオバマのメタ・メッセージだったのでしょう。選挙戦を通じてアメリカ国民に希望と自信を与えたオバマは、次のステージへと人々を導こうとしているのではないでしょうか。誰かが変えてくれるのを期待をしているだけではだめだ、あなたが変わりなさい、あなたから始めるのです… そう呼びかけられたようでした。

 オバマの演説は、牧師のようだと言われています。感情的にならず、落ち着いていて、言葉は一つ一つ磨かれており、聴衆に希望を与え、導いていく力があります。まさに「希望の伝道師」です。

 立場は大きく違いますが、私も語りが仕事です。ただ、恥ずかしながら伝道師といえるだけの力量は、まだまだ圧倒的に不足しています。

 そのオバマが、この日、さらに一歩、高みにのぼった気がしました。人々に希望を与える「希望の伝道師」から、人々に責任感を喚起し、行動を呼びかける「行動の伝道師」へと、一歩進んだのです。

 同じ「伝道師」として(笑)、負けずにこちらも言葉を磨かなければ、動かなければという思いを新たにしました。

2009年1月21日 坂田光永


《バックナンバー》
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