仏 教 と現 代


「おくりびと」と死のケガレ


光明院檀徒・藤井和子さんの撮影された龍興寺の梅 今さらながら『おくりびと』の感想です。アカデミー賞受賞が決まった直後だったので、映画館は満席。笑いあり、すすり泣きあり、不思議な一体感と充実感が、エンドロール後の館内を包みました。

 ひとつ、自分の中で留意して見た点は、「死」にたずさわる職能への差別をどう描いているか、でした。かなり抑え気味に、しかしはっきりと、それは描かれていました。

 例えば、広末演じる妻がモックンの手を振りほどいて「けがらわしい!」と叫び、遺族のオヤジがモックンを指差して「そのままだと一生あの人みたいな仕事をしなきゃいけなくなるんだぞ?」と不良少年を叱り、モックンの友人(杉本哲太)が「何でもいいから、もっとまともな仕事に就け」と忠告する。それはまさしく、死穢(しえ)の感覚からくる差別に他なりません。

 納棺だけでなく、葬儀、火葬、皮革、屠殺など、死のケガレに基づく職能差別は、いまだに根強いものがあります。ケガレといえるほどの明確な意識がなくても、なんとなく抵抗を感じる人は、正直多いのではないでしょうか。かくいう私のような僧侶も、そうした「死にまつわる職能」の一つです。

 根源をたどると、もしかしたら、死体の腐敗や腐臭を嫌悪したり、あるいは伝染病を恐怖したりというようなことがあったのではないかと想像します。そこから、死にかかわる人をそれ以外の人とは隔離して居住させることで、ある意味でセキュリティを保とうとしたのかもしれません。「死とケガレ」について、もっともっと知りたくなってきました。

 ま、それはともかく、映画そのものは、ほどよくコミカル、ほどよく真面目な、とてもよい作品でした。柏木広樹さん奏でるチェロの音色がとにかくいい。そして庄内の雪、川、鳥、四季、すべてが死者を悼むように映し出されていました。この自然こそが何よりの「おくりびと」であり、私たちの旅立つ先なのかもしれません。


2009年3月21日 坂田光永


《バックナンバー》
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○ 2008年10月28日「会津をめぐる」
○ 2008年9月21日「神秘主義」
○ 2008年7月21日「グリーフレス中学生」
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○ 2006年8月23日「松長有慶・新座主の紹介」
○ 2006年7月21日「靖国神社と仏教の死生観」
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○ 2005年3月21日「ライブドアとフジテレビと仏教思想」
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○ 2004年8月21日「…私は、知らないから、そのとおりにまた、知らないと思っている」
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○ 2004年6月23日「文殊の利剣は諸戯(しょけ)を絶つ」
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○ 2004年2月21日「…犀(さい)の角のようにただ独り歩め」
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