仏 教 と現 代

笑いとため息

 テレビの「キングオブコント2009」、私は一度生で見て、そのあとビデオで何回かに分けて見ました。優勝した「東京03」というお笑いトリオは昔から好きで、ごひいきだったので素直に喜ばせていただきました。

 私は実はお笑い大好き人間で、最近の若手芸人たちも大好きです。東京03は「騒がしい」のが特徴で、“最近のお笑い芸人”の典型です。年配の方には、おそらく「何が面白いのかまったくわからない」「騒々しくて見てられない、消してくれ!」という方も多いのではないかと思いますが…。

 そんなお笑い好きな私ですが、基本的にはネクラで後ろ向きな人間だと自分では思っています。物事の悪い面ばかり目につきますし、目標を立てて頑張ろうと思っても「どうせ無理だろう」と思ってしまいます。疑り深く、ひねくれています。ですので、前向きに頑張っている人からよく怒られます。お笑い好きはその反動でしょうか?

 しかし先日、私も到底及ばない“筋金入りの後ろ向き人間”の講演を聴く機会がありました。

光明院檀徒の藤井和子さんが、深入山で発見した「ギンリョウソウモドキ」。珍しい花だそうです 作家の五木寛之さんです。

 9月5日に行われた日本ホリスティック医学協会関西支部シンポジウム「今を生きる力」がそれです。

 このシンポジウムは、私も「心の相談員養成講習会」などでお世話になった大下大圓さん(真言宗僧侶、飛騨千光寺住職)のほか、帯津良一さん(医師、日本ホリスティック医学協会会長)、上田紀行さん(文化人類学者、東京工大准教授)、そして五木寛之さん(作家)がシンポジストとして参加していました。

 4人とも個性的で話がうまく、まる一日のシンポジウムがあっという間でした。特に、五木さんの話は初めて聞きましたが、実に面白いのです。

 最初に五木さんは「私は講演会を断っていた時期がある」と語りだしました。

 「あるとき、講演を終えて外に出ると、向かいの新築のきれいなホールでは別の講演が終わったところでした。そのホールから出てくる若い人たちは、さきほどの講演のことについて口角泡を飛ばしながら、みな意気揚々と出てきました。誰の講演かと思ってポスターを見たら、経済評論家の竹村健一氏でした。演題は『やればできる』。やはりシンプルなのがよいのだなぁと思いました。翻って私の講演会場をみると、建物はぼろぼろ。出てきた聴衆も肩をがっくり落として、はぁ〜っとため息をつく後期高齢者たちばかり。私の演題は『人生、これ無常なり』…。そこで、次の講演のとき、演題を変えてみました。『人生、やってやれないことはない』。でも、タイトルだけ変えても駄目でした。やはり聴衆は肩をがっくり落として、はぁ〜っとため息をついて出て行くのです」

 五木さんの語り口は確かに暗いのですが、ウィットに富んでいて、聴衆は皆さんよく笑っていました。

 五木さんは鬱の話をされた後、締めくくりにこう言いました。「人間の持つネガティブな面を否定したりフタをしたりしてはいけない。呼吸法では吐く息を重視します。ため息をつくことは大事なことです」。私は真正のネガティブ思考人間なので、なんだか救われました。「暗くなってもいいよ」と言われて明るい気分になるなんて、なんだか矛盾してますが。

 ちなみにホリスティック医学というのは、患者を“病気を持った肉体”としてではなく、“人間まるごと”として見ていこうという医学です。ホリスティックとは“全体的”という意味です。帯津さんは「医学の中に、いかに“死”を統合するかが課題だ」と自ら指摘しています。

 笑いは大事です。しかし、笑いばかりの人生はつまらないでしょう。悲しみを知っているからこそ、おなかの底から笑えるのだと思います。

 東京03のコントだって、モテない、デキない負け犬たちの、悲哀に満ちたストーリーなのです。私がこんなに笑ってしまうのは、他人事と思えないからかもしれません。

2009年9月23日 坂田光永


《バックナンバー》

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○ 2009年6月21日「臓器移植と『いのち』の定義」
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○ 2009年4月21日「アイアム・ブッディズム・プリースト」
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○ 2009年1月21日「『伝道師』としてのオバマ」
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○ 2008年10月28日「会津をめぐる」
○ 2008年9月21日「神秘主義」
○ 2008年7月21日「グリーフレス中学生」
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○ 2007年4月21日「空海の夢」
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○ 2007年2月21日「よみがえる神話」
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○ 2006年11月21日「仏教的にありえない?」
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