仏 教 と現 代

ボクも坊さん。


 このコーナー、なんだか書評欄のようになってしまっていますが、今回もまたまた読書案内です。

 白川密成『ボクは坊さん。』(ミシマ社)。とても気持ちのいいエッセイでした。糸井重里編集長の「ほぼ日刊イトイ新聞」への連載をもとに、ブッダや弘法大師の言葉を盛り込んで、敷居が低くも奥深い、ミラクルな仏教入門書に仕上がっています。

 私も「ほぼ日」でミッセイさんの連載を読んでいたのですが、そのときの感想は「やられたなー」という感じでした。仏教の儀式や言葉に向かい合ったときに感じる柔らかな感覚を、ほんとに素直に、そして上手に言葉化しています。しかもTシャツを作ったり野球をしたり、ポップなアプローチがとても“ボクら目線”なのです。

 実はミッセイさんとは、知人を介して一度だけお会いしたことがあります。といっても私は“あの”ミッセイさんだとは気づきませんでした。とても普通の人で(といっても「普通って何?」と言われると困りますが)、楽しくおしゃべりした後、私は「ブログとか書かないんですか?」と聞きました。ミッセイさんが困ったよう顔をしていると、横から知人が「ブログじゃないけど、似たようなものは書いてるよね?」と言って含み笑いを浮かべました。

 「ブログじゃないけど、似たようなもの? …あ、あーっ、もしかして、“あの”ミッセイさん!?」

 ミッセイさんは本当に普通の人です(そこを強調するのはどうなんだ!?というツッコミも期待しつつ…)。わりとたくさんの場面で、ボクらと感覚を共有できそうな人、という意味です。

 それは、ただそういう人だったというのではなく、努力のたまものなのだということが、この本を読んで分かりました。

 仏教の中にある思想や言葉、儀式の決まり事を、ただ「こなす」だけでなく、僕は自分が本当に感じた感情をそこに混ぜて言葉を発してみようと思った。そして相手にとっても、「自分の話だ」と思えるような感触をすこしでも探した。その理由はただ、「そっちのほうが、うれしそうだから」(「はじめに」より)

 先日、いつも行くハンバーガー屋さんのカウンターでこの本を読んでいると、ときどき会うお客さんの一人から「こんど断食するんですよ」という話を聞きました。単なる絶食ではなく、プロセスを踏んだ断食です。彼は「なんだか仏教的なことにも興味がわいてきました」と。私は自分の知っている密教瞑想法の一つ、「数息観」(すそくかん)について話し、お店のマスターと3人で、ひとしきり仏教トークで盛り上がりました。

 仏教への関心は高まっています。その関心の受け皿になれるような「新感覚の坊さん」が、もっと増えたらいいと思います。おっと、他人事ではありませんね。ボクも坊さんなのですから。


*白川密成さんが住職を務める「栄福寺」のHP
 http://www.eifukuji.jp/

2010年6月21日 坂田光永


《バックナンバー》

○ 2010年5月21日「仏法は汝らの内にあり」
○ 2010年4月23日「葬式は要らないか」
○ 2010年3月21日「再びオウム事件と仏教について」
○ 2010年2月21日「立松和平さんの祈り」
○ 2010年1月1日「排他的、独善的な仏教にならないために」
○ 2009年12月21日「『JIN』のようにはいかないもので」
○ 2009年11月21日「排他的?独善的!」
○ 2009年10月21日「アフガンに緑の大地を」
○ 2009年9月23日「笑いとため息」
○ 2009年7月21日「臓器移植と『いのち』の定義 続編」
○ 2009年6月21日「臓器移植と『いのち』の定義」
○ 2009年5月21日「『地救』のために何ができるか」
○ 2009年4月21日「アイアム・ブッディズム・プリースト」
○ 2009年3月21日「おくりびとと『死のケガレ』」
○ 2009年1月21日「『伝道師』としてのオバマ」
○ 2009年1月1日「空と海をつなぐ」
○ 2008年10月28日「会津をめぐる」
○ 2008年9月21日「神秘主義」
○ 2008年7月21日「グリーフレス中学生」
○ 2008年5月21日「祈りと行動と」
○ 2008年4月21日「聖火の“燃料”」
○ 2008年2月28日「妖精に出会う」
○ 2008年1月21日「千の風になるとして」
○ 2007年10月21日「阿字の子が阿字の古里…」
○ 2007年8月21日「目覚めよ密教!」
○ 2007年6月21日「昔のお寺がそのままに」
○ 2007年4月21日「空海の夢」
○ 2007年3月21日「無量光明」
○ 2007年2月21日「よみがえる神話」
○ 2007年1月1日「伊太利亜国睡夢譚」
○ 2006年11月21日「仏教的にありえない?」
○ 2006年10月23日「天使と悪魔 〜宗教と科学をめぐる旅〜」
○ 2006年9月21日「9/11から5年」
○ 2006年8月23日「松長有慶・新座主の紹介」
○ 2006年7月21日「靖国神社と仏教の死生観」
○ 2006年6月21日「捨身ヶ嶽で真魚を見た」
○ 2006年5月21日「キリスト教と仏教と「ダ・ヴィンチ・コード」」
○ 2006年4月21日「最澄と空海」
○ 2005年9月23日「お彼岸といえば…」
○ 2005年7月21日「お盆といえば…」
○ 2005年4月21日「ねがはくは花の下にて春死なん…」
○ 2005年3月21日「ライブドアとフジテレビと仏教思想」
○ 2005年1月21日「…車をひく(牛)の足跡に車輪がついて行くように」
○ 2004年8月21日「…私は、知らないから、そのとおりにまた、知らないと思っている」
○ 2004年7月21日「鈴と、小鳥と、それから私、みんなちがって、みんないい。」
○ 2004年6月23日「文殊の利剣は諸戯(しょけ)を絶つ」
○ 2004年5月21日「世界に一つだけの花一人一人違う種を持つ…」(SMAP『世界に一つだけの花』)
○ 2004年4月21日「抱いたはずが突き飛ばして…」(ミスターチルドレン『掌』)
○ 2004年3月23日「縁起を見る者は、法を見る。法を見る者は、縁起を見る」
○ 2004年2月21日「…犀(さい)の角のようにただ独り歩め」
○ 2004年1月21日「現代の世に「釈風」を吹かせたい ―心の相談員養成講習会を受講して―」
○ 2003年12月21日「あたかも、母が己が独り子を命を賭けて護るように…」
○ 2003年11月21日「…蒼生の福を増せ」
○ 2003年10月21日「ありがたや … (同行二人御詠歌)」
○ 2003年9月21日「観自在菩薩 深い般若波羅蜜多を行ずるの時 … 」
○ 2003年8月21日「それ仏法 遙かにあらず … 」



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