仏 教 と現 代

身延山と日蓮


 今月初旬、山梨県にある身延山久遠寺にお参りしました。

 JR身延駅から降りたものの、食事をしていたらバスを逃したので、久遠寺まで歩くことにしました。

 川のせせらぎや高校野球の練習の音を聞きながら1時間弱歩くと、大きな「三門」と、その先に延々と続く石段が見えます。

 石段はかなりの急勾配で、高さは普通の階段の2段分ほどもあります。だんだん足が重くなってきます。ふらっときて後ろに倒れると、ゴロゴロと下まで転がっていきそうなので、手はしっかりと手すりを握ります。

 ようやく登りきると、山上には大伽藍が広がっています。高野山でいうと壇上伽藍より少し広いぐらいでしょうか。諸堂が横一列に並んでいる、すっきりした伽藍です。

 身延山久遠寺は、日蓮宗の総本山であり、日蓮の遺骨が眠っている場所です。

 日蓮という人は、おそらく私とは最も対照的な人物ではないかと思います。強烈な法華経信仰に基づく徹底した「これだけ主義」の人で、他の宗派を邪教と断じて「念仏無間、禅天魔、真言亡国、律国賊」とガンガン批判しました。そこまで言うか、と思いますが、鎌倉幕府の実権を握っていた北条氏に対しても激しく批判をぶつける反骨精神は、実は共感が持てたりもします。

 日蓮が活躍した時代は、疲弊した民衆が阿弥陀如来に救いを求めて念仏を唱える「浄土信仰」の全盛期です。天変地異が続き、政治は腐敗し、元の襲来が近づいていました。このような時代背景があったからこそ、「農民が田畑を耕し、武士が国を守らなければ、この国は滅んでしまう」という日蓮の危機感は、多くの人に受け入れられたのでしょう。

 とはいえ、他宗や権力を徹底的に批判した日蓮は、そのせいで島流しや襲撃、放火などの法難に遭います。そして、法難に遭えば遭うほど、「正法を唱えれば法難に遭うと法華経に書かれている。だから私の教えは正法であることが証明された」と言って確信を深めるのです。そのスパイラルにはやや辟易する部分もありますが、その確信を裏付けるだけの修行と学問を究めていることも、いろいろな資料から読み取れました。

 久遠寺から延びるロープウェイをのぼると、身延山頂近くにある久遠寺の奥の院「思親閣」があります。日蓮は親思いの人だったそうで、そこからこの名がつけられています。父親は房総半島の武士でしたが、貧しく、漁をして生活をしていました。しかし日蓮には剣術修行もほどこしたため、その腕は後に念仏衆に襲撃された際に身を守ることにもなりました。

 もやがかかって幻想的な雰囲気の中、「思親閣」と書かれた山門を抜けると、法華経の読経が響き渡っていました。

2010年7月21日 坂田光永


《バックナンバー》

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○ 2010年5月21日「仏法は汝らの内にあり」
○ 2010年4月23日「葬式は要らないか」
○ 2010年3月21日「再びオウム事件と仏教について」
○ 2010年2月21日「立松和平さんの祈り」
○ 2010年1月1日「排他的、独善的な仏教にならないために」
○ 2009年12月21日「『JIN』のようにはいかないもので」
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○ 2009年10月21日「アフガンに緑の大地を」
○ 2009年9月23日「笑いとため息」
○ 2009年7月21日「臓器移植と『いのち』の定義 続編」
○ 2009年6月21日「臓器移植と『いのち』の定義」
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○ 2009年4月21日「アイアム・ブッディズム・プリースト」
○ 2009年3月21日「おくりびとと『死のケガレ』」
○ 2009年1月21日「『伝道師』としてのオバマ」
○ 2009年1月1日「空と海をつなぐ」
○ 2008年10月28日「会津をめぐる」
○ 2008年9月21日「神秘主義」
○ 2008年7月21日「グリーフレス中学生」
○ 2008年5月21日「祈りと行動と」
○ 2008年4月21日「聖火の“燃料”」
○ 2008年2月28日「妖精に出会う」
○ 2008年1月21日「千の風になるとして」
○ 2007年10月21日「阿字の子が阿字の古里…」
○ 2007年8月21日「目覚めよ密教!」
○ 2007年6月21日「昔のお寺がそのままに」
○ 2007年4月21日「空海の夢」
○ 2007年3月21日「無量光明」
○ 2007年2月21日「よみがえる神話」
○ 2007年1月1日「伊太利亜国睡夢譚」
○ 2006年11月21日「仏教的にありえない?」
○ 2006年10月23日「天使と悪魔 〜宗教と科学をめぐる旅〜」
○ 2006年9月21日「9/11から5年」
○ 2006年8月23日「松長有慶・新座主の紹介」
○ 2006年7月21日「靖国神社と仏教の死生観」
○ 2006年6月21日「捨身ヶ嶽で真魚を見た」
○ 2006年5月21日「キリスト教と仏教と「ダ・ヴィンチ・コード」」
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○ 2004年1月21日「現代の世に「釈風」を吹かせたい ―心の相談員養成講習会を受講して―」
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