仏 教
 と現 代

日東第一形勝300年に学ぶ

 仏教はインドで生まれ、朝鮮半島を通じて日本に伝わってきました。古来、朝鮮半島は日本にとって人材・文化・情報の発信源であり、その一つとして日本は仏教を「輸入」したのでした。

 それから千年がたち、豊臣秀吉の時代には、日本は東アジア征服を夢見て朝鮮半島に兵を送るという事態が起きます。後を継いだ徳川幕府は、朝鮮半島との友好関係を取り戻すべく、将軍が就任するたびに「通信使」という使節団をお招きし、国を挙げての歓待を行いました。「朝鮮通信使」です。

 朝鮮通信使は、双方にとってメリットがありました。外交を制限する幕府にとっては貴重な海外情報をもたらす相手として、また朝鮮王朝にとっては「危険な国」日本の内情を知る手段として、それぞれ役に立ったのです。また朝鮮通信使の通り道ではお祭り騒ぎとなり、相当な費用をかけて接待を行いました。
鞆の浦の弁天島(光明院檀徒・藤井和子さん撮影)
 しかし、江戸時代も終盤になると、欧米列強との関係が緊張感を持ち始め、それとともに日本国内でナショナリズムが高揚します。朝鮮通信使は廃止され、「国学」が流行し、その後、尊王攘夷へと発展していくことになります。

 国際情勢に疎い尊王攘夷派がつくった明治政府は、欧米を恐れるあまり、唐突な文明開化と、その反動としてのアジア侵略にまい進しました。「富国強兵」と「脱亜入欧」がセットになった外交政策の果てに、1910年の韓国併合、日中戦争、アジア太平洋戦争、そして1945年の敗戦へと続いていきます。

 昨年2010年は、韓国併合から100年にあたる年でした。その昨年が侵略と植民地の歴史を振り返る1年なら、今年2011年は友好と相互交流の歴史を振り返る年になるはずです。

 なぜなら、かつて朝鮮通信使が福山・鞆の浦に立ち寄った際、対潮楼の窓から眺める弁天島の風景を「日東第一形勝」と絶賛した1711年から、今年でちょうど300年だからです。

 侵略の側面を過度に膨らませる必要はないと思います。また東京裁判のような「戦勝国が敗戦国を裁く」というやり方が公正な裁判だとも言えないでしょう。しかし、国内の不安が高まると決まってナショナリズムが高揚して海外に強気になるのでは、いつまた戦時中に逆戻りするかとひやひやしてしまいます。コンプレックスの強い人ほど他者を攻撃します。負の歴史をしっかり見つめて、それでいて自他を尊重する態度を保てないようでは、大人の関係は築けません。

 朝鮮通信使に尽力した雨森芳洲(あめのもりほうしゅう)という役人は、外交の基本は「互いに欺かず、争わず、真実を以って交わり候」と言っています。こうした雨森ら外交官がきちんと礼を尽くしたからこそ、「日東第一形勝」という称賛の言葉を得たのだと思います。学ぶべきことが多い、日本外交史の数少ない「成果」のような気がしてなりません。

*11月18日(金)に鞆の浦参拝旅行を企画しています。詳しくはこちらをご覧ください。

2011年9月21日 坂田光永




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