仏 教 と現 代
鞆の浦の古さと新しさ
2011年秋の参拝旅行の行先は鞆の浦でした。医王寺で美しい港を一望し、対潮楼で海と弁天島の絶景を眺め、太田家住宅で伝統を感じました。
ただ、鞆の浦のよさは、その「古さ」だけにあるのではないと私は思います。
もちろん、古きものは大切ではあります。でも、その古さの内に秘めた新しさを引き出すことができれば、さらに魅力的になるのです。「新しさ」とは、今これからに必要だ、ふさわしい、ということです。
そういう意味で、坂本龍馬が「いろは丸事件」の際に紀州藩と談判した場所「御船宿いろは」(旧魚屋萬三宅)は見事でした。店主の松居秀子さんは、鞆の浦に計画されている埋立架橋に反対する裁判で有名になりましたが、決して反対運動をしたくてしている人ではありません。鞆の町並み、古きものの中での暮らしを守ってきた人です。
また、私たちは当初予定していなかった「海彦」にも立ち寄りました。ここも、以前は荒れ果てた古い建物だったものを、親子で苦労しながら改装し、うどん屋さんとして鞆を盛り上げています。最近では、ご当地バーガーとして、ガス天をバンズではさんだ「鞆バーガー」も人気です。
坂本龍馬は、海援隊の船「いろは丸」が紀州藩の「明光丸」に衝突して沈んだ後、鞆に滞在して紀州藩と談判をしました。龍馬は交渉で『万国公法』を持ち出すことで、法律に基づく訴訟合戦に持ち込み、御三家・紀州藩を徹底的にやりこめたのです。談判の主な舞台は長崎に移りますが、日本で初めての国際法を活用した交渉のきっかけをつくったのは、ここ「鞆の浦」だといえるでしょう。
今や鞆の浦は、国内だけでなく、海外からも多くの視察がやってきます。世界遺産を審査する委員会「イコモス」は、鞆の浦を「世界遺産級」と評価しています。そういった国際的な視点を持ち込むことは、案外、鞆にとって「伝統」なのかもしれません。
時代はまさに曲がり角です。高度経済成長の名残を引きずった都市開発は、日本中の駅前を無味乾燥な風景に変えました。モータリゼーションは急速にしぼみ、国内の新車発売台数は下がり続けています。そして未曾有の原発事故。今のままでいいのだろうか、と誰もが思いながら、次の道筋はなかなか見えてきません。
鞆の町は確かに自動車の行き交いに苦労していましたが、だからといって鞆を日本中どこにでもある無機質な町につくり変えるより、その古さの中から、今これからに必要なこと、ふさわしいことのヒントを得ていくほうが、あるいは鞆らしいといえるのではないでしょうか。
「御船宿いろは」で私たちは昼食をいただきました。ほとんどの方が和食を選ばれていましたが、私はあえて洋食をチョイスしました。それが坂本龍馬ゆかりの場所にふさわしいから? いや、単なる洋食好きな私なのでした。
2011年11月21日 坂田光永
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