仏 教 と現 代

地獄へようこそ

 子ども向けの絵本として『地獄』のお話がよく売れているそうです。読んでみると、血は吹き出すわ、灼熱に焼かれるわ、体はバラバラに切り刻まれるわ、まさに阿鼻叫喚の地獄絵図。これを子どもが読んだら、教育効果よりもトラウマを植え付けてしまうのではないか、と心配してしまいます。

 平安時代の比叡山の僧侶・源信が著した『往生要集』は、日本の浄土信仰の集大成ともいえる書物ですが、ここに「八大地獄」が描かれています。

  1. 等活地獄 …殺生
  2. 黒縄地獄 …殺生、偸盗(盗み)
  3. 衆合地獄 …殺生、偸盗、邪淫、
  4. 叫喚地獄 …殺生、偸盗、邪淫、飲酒
  5. 大叫喚地獄 …殺生、偸盗、邪淫、飲酒、妄語(うそ)
  6. 集熱地獄(炎熱地獄) …殺生、偸盗、邪淫、飲酒、妄語、邪見(仏教に反する考え)
  7. 大集熱地獄(大炎熱地獄) …殺生、偸盗、邪淫、飲酒、妄語、邪見、犯持戒人(尼僧などへの乱暴)
  8. 阿鼻地獄(無間地獄) …殺生、偸盗、邪淫、飲酒、妄語、邪見、犯持戒人、父母・阿羅漢(あらかん)の殺害

 ここでは、罪を犯した人間が、殺されては生き返り、生き返っては殺され、何度も何度も責め苦を受けます。獄卒(地獄を取り仕切る役人)たちは、ときに嬉々として、ときに淡々と、人々を苦しませます。私なんかは「この獄卒の罪はどうなるの?こいつら地獄に落ちないの?」などと思ってしまいます。そして、どのぐらい地獄で苦しむかというと、それぞれ数兆年から、阿鼻地獄になると「数百京」年という途方もない時間にわたるのです。やれやれ、よくもここまで考えたな、とため息が出ます。

 これらの地獄は、源信の創作ではなく、日本に伝わる様々な地獄譚を集約したものだろうと思います。とはいえ、地獄で受ける苦しみの内容は、程度こそひどいものの、実はこの世の苦しみとよく似ているものばかりです。刀剣などで殺し合う、炎で焼かれる、熱く焼けた地面に倒れる、縄で打たれる、鉄の山を背負わされる、突き落とされる、弓矢で射られる、などなど。中には「美人に誘惑されて、木に登ったり降りたり、行ったり来たりさせられる」(衆合地獄)というものまであります。まったく想定外の世界観ではないという気がします。

 地獄とはおそらく、この世の一つの側面、あるいはこの世そのものなのでしょう。平安後期の人々は、「往生要集」で描かれた地獄を、相当にリアリティを持って受け止めたと思います。巷には飢餓や伝染病が広がり、人々は互いに傷つけ合い殺し合い、生きながらにして地獄を味わっていたのかもしれません。死後もこうした地獄が続くのは嫌だ、もう勘弁してほしい、という切実な気持ちが、地獄ではなく極楽浄土へ行きたいと思わせたのでしょう。

 ちなみに、この地獄の絵本を見ながら私が連想したのは、広島の原爆ドームのケロイドの立体模型でした。展示物の変更によってケロイドの人物像は無くなるそうですが、あの情景はまさに地獄そのものといえます。しかも、被爆者の人は口をそろえて「あんなものではなかった」と言います。熱もにおいもない立体模型ごときで分かったつもりになってはいけないのです。それでも、原爆という地獄の一端を知るきっかけにはなったと思います。

 私たちは地獄を知らなければいけないのかもしれません。地獄を知るゆえに、地獄を避けたいと願うのではないでしょうか。そして、地獄を知らない者が飽和したとき、この世は再び地獄と化すのでしょう。集団的自衛権や安全保障という言葉では伝わらない地獄が、あるいはすぐそこまで迫っているという気がしてなりません。地獄へようこそ。獄卒が口をあけて、私たちを待っています。

2014年6月21日 坂田光永




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