仏 教 と現 代

御嶽山と川内原発

 御嶽山の噴火は大きな被害をもたらしました。亡くなられた方のご冥福をお祈りし、被災された方には心からお見舞い申し上げます。

 今回噴火した御嶽山は、長野県と岐阜県の県境にある「おんたけさん」でした。ここのほかに、全国に「御嶽山」「御岳山」(おんたけさん、みたけやま)と称されている山があります。いずれも山頂には御嶽(御岳)神社があり、白装束や修験道の姿で登る人が多く見られ、日本の山岳信仰の典型といっていい山々です。

 なぜこれらの山々が信仰を集めるのか。滝や行場があるという条件もさりながら、やはり噴火の怖さからくる自然への畏怖が根本にあるのではないでしょうか。古代の人は危険な山を、気軽に立ち入ってはいけない場所=聖地として畏怖し、自然との適度な距離感を保ってきたと思われます。

 8月の広島土砂災害は、自然災害とはいえ、気候変動(地球温暖化)による豪雨と無理な土地開発という点で「人災」の側面が強くあります。かたや今回の御嶽山の噴火は、まったく予期しえない天災とされています。ですが、どちらも「自然に対して謙虚になりなさい」という警告のように私には感じられます。

 御嶽山の噴火を目の当たりにして、改めて浮き彫りになってくるのは、鹿児島県の川内原発再稼働の問題です。川内原発の近くには、今も常に灰を出し続けている桜島があります。過去の噴火では、薩摩川内市のあたりに巨石が飛んできているそうです。もっといえば、鹿児島県はほぼまるごとが桜島のカルデラのような土地なのです。

 川内原発の再稼働をめぐっては、東京大学地震研究所の中田節也教授が「巨大噴火の時期や規模を予測することは、現在の火山学では極めて困難、無理である」と発言しています。また、菅官房長官が「川内原発には火山灰は届かない」と言っていることについては、そもそも火山審査の場に専門家が入っていませんでした。しかし、原子力規制委員会の審査では、原発から数キロの近傍に火砕流の痕跡があり、九州電力でさえ最終的には火砕流が到達する可能性を認めていたことが明らかになっています。

 にもかかわらず、川内原発の再稼働はもはや既定路線になっているかのようです。住民の避難計画も曖昧なままです。10km圏内ですぐに用意できるバスは必要数のたった4分の1しかないが、大丈夫なのか? お年寄りや障碍者の避難方法や受け入れ先は決まっているのか? 避難先での放射能検査態勢は整っているのか? そもそも桜島が噴火して火砕流が流れる中を、どうやって避難するのか? 噴石が飛んでくる中、どうやって原子炉から核燃料を安全に抜き出すのか? …どれもこれも、きちんとした答えは出ていません。「自然をなめている」としか言いようがないのです。

 薩摩の偉人、西郷隆盛は「敬天愛人」という言葉を好んで用いました。天を敬うのであれば、自然を畏れぬ愚かな行為を見過ごせないでしょう。人を愛するのであれば、命を傷つけることに鈍感ではいられないでしょう。

2014年10月21日 坂田光永




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