仏 教 と現 代
下山する勇気
いよいよ総選挙の公示かという頃、私は鹿児島県の霧島に行っておりました。
坂本龍馬とお龍さんが日本初のハネムーンに行ったという霧島は、著名な温泉地であるというだけでなく、天孫降臨の地として知られる高千穂峰を抱えています。龍馬たちも実際にこの山に登り、山頂の逆鉾を引き抜いたというエピソードが、乙女姉さんへの手紙で生き生きと描かれているのは有名です。
そんな高千穂峰への登山に私も挑戦しましたが、予想以上のハードさに加え、途中、台風のような強烈な風雨にさらされ、よろめけば転落するような状況に進むことも戻ることもできなくなり、あえなく登頂を断念。飛ばされるのを必死でこらえながら、這いつくばって下山しました。霧と砂で前が見えなくなり、体が冷えて感覚を失いかけました。無事に下山できたのが不思議なぐらいです。久しぶりにこんな怖い想いをしましたが、あの強風でもし登山を続けていたらと思うと、下山して正解だったと自画自賛しています。
さて総選挙では、経済政策を前面に出した与党が圧勝しました。人々はいつまでも経済成長を求め続け、政治はそれにこたえようと、未来から国富を前借りして目の前の官制事業にジャブジャブとお金をつぎ込んでいます。
そんな世間の様子を高千穂峰から振り返ると、ずいぶん奇妙な現象が目につきます。保守を自称する政党が、イザナギ・イザナミの産んだこの国土を原発やTPPで穢そうとしているのです。その背景には経済成長を何よりも優先しようとする風潮があります。その姿はまるで、大荒れの天候の中、それでも登頂しようと山肌にしがみついている私のようでした。
下山を決断すべきときです。自然の摂理に逆らい、上に登ることだけを至上命題にしていた時代は、もう終わりです。登頂の勇気より、下山の勇気のほうが何倍も重要だと言われます。今こそ、その勇気が私たちに問われているのではないでしょうか。
2014年12月21日 坂田光永
《バックナンバー》
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○ 2014年7月21日「天皇と日本人(上)」
○ 2014年6月21日「地獄へようこそ」
○ 2014年5月21日「死は自然なもの」
○ 2014年3月21日「土曜授業は仏教の衰退を招く」
○ 2014年2月21日「暦の上ではジャニュアリー」
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○ 2013年12月21日「高野山にロックフェラー」
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○ 2013年1月1日「我等懺悔す無始よりこのかた」
○ 2012年10月21「三国伝来」
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○ 2012年3月21日「永劫に残る核のごみ 〜ドイツツアーに参加して〜」
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○ 2011年12月22日「人は土から離れては生きていけないのよ」
○ 2011年11月21日「鞆の浦の古さと新しさ」
○ 2011年10月21日「永平寺の懺悔と「もんじゅ」」
○ 2011年9月21日「日東第一形勝300年に学ぶ」
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○ 2011年7月28日「フクシマからヒロシマへ、ヒロシマから世界へ」
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○ 2005年4月21日「ねがはくは花の下にて春死なん…」
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○ 2004年8月21日「…私は、知らないから、そのとおりにまた、知らないと思っている」
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○ 2004年6月23日「文殊の利剣は諸戯(しょけ)を絶つ」
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○ 2004年4月21日「抱いたはずが突き飛ばして…」(ミスターチルドレン『掌』)
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○ 2004年2月21日「…犀(さい)の角のようにただ独り歩め」
○ 2004年1月21日「現代の世に「釈風」を吹かせたい ―心の相談員養成講習会を受講して―」
○ 2003年12月21日「あたかも、母が己が独り子を命を賭けて護るように…」
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