仏 教 と現 代

太古からのエネルギー

 高野山開創1200年記念大法会に大勢のお参りをいただき、本当にありがとうございました。816年に弘法大師がこの地を修行の場として定めて1200年。営々と受け継がれてきたその教えと実践、そして祈りを、大勢の人が体感してくださったことは、本当に嬉しいことです。

 私は今回、法会が行われた4月2日〜5月21日の50日間の中で、3度、高野山に登りました。4月7日に高野山真言宗青年教師会主催の「慶讃千僧法会」で、4月29日・30日には広島地区寺院担当の報恩法会でお参りしました。しかし、このときは法会をする側だったので、諸堂巡りをしたり、霊宝館で弘法大師筆『聾瞽指帰』(ろうこしいき)を見る余裕はありませんでした。できれば法会期間に1度は、個人的に落ち着いて巡りたいと思い、5月19日に3度目の入山を試みたのです。

 この日はなんと、たまたま比叡山延暦寺の高僧方が史上初めて高野山で法会をするという日でした。壇上伽藍の金堂は、平日にもかかわらず大勢の参拝者でごったがえしていましたが、そこに菊の御紋がついたセンチュリーがおもむろに現れました。延暦寺の座主様が乗っておられると、すぐに分かりました。座主様は車いすを使っておられるようで、緑色の衣をまとった比叡山の僧侶の方が、座主様の体を抱えて階段をのぼっていかれました。そのあと続いて、高野山金剛峯寺の中西啓寳座主が金堂に入堂されました。大勢の参拝者が、固唾を飲んで見守っていました。

 金堂内で法会を拝見することはできませんでしたが、堂内からは「ア〜ア〜」という声明(しょうみょう)のようなものが聞こえてきました。私が普段唱えている真言宗の声明よりも、一音一音が長く、ゆっくりしていると感じました。

 金堂の本尊・薬師如来(阿しゅく如来)は、このたび初めて御開帳されました。2度の法会ともお顔をじっくり拝見する機会がなかったので、このたびは金堂の外陣の外からでしたが、やっと拝見することができました。本尊さんからつながって外に伸びている「善の綱」を握って、お祈りをすると、不思議と力をいただいた気がしました。

 先日、あるテレビ番組で、女優さんが高野山で一泊二日のプチ修行体験をするという企画を見たときに、その女優さんが「太古からの原始的なエネルギーをもらうと、人は元気になるようにできてる」と話しているのを見て、驚いたことがあります。なんて素直な、すばらしい感性だなと感激しました。

 弘法大師が高野山を選んだのはきっと、同じ理由だと思います。水と緑と大地、おびただしい命のエネルギーがたゆまなく循環している。そこにたたずみ、気の穴を開き、呼吸を整えるだけで、その命のエネルギーが体の中を駆け巡る。そんな高野山こそ修行の場にふさわしいと弘法大師は考えたのではないでしょうか。

 太古の人々は、そんなエネルギーの存在を、直感的あるいは経験的に知っていたのだと確信します。そのエネルギーを受け取るための修行が、真言密教の修行なのだろうなと最近はつくづく思うのです。経済成長が何よりも優先され、人間の生命がどんどんやせ細っている現代こそ、太古のエネルギーが必要です。そして高野山がこれからも人々に力を与える場所であり続けるよう、100年、1000年と伝えられるよう、願わずにはいられません。

2015年5月21日 坂田光永




《バックナンバー》

○ 2015年4月21日「1200年という『ものさし』」
○ 2015年3月21日「天上天下唯我独尊」
○ 2015年2月21日「私はシャーリプトラ」
○ 2014年12月21日「下山する勇気」
○ 2014年10月21日「御嶽山と川内原発」
○ 2014年8月21日「天皇と日本人(下)」
○ 2014年7月21日「天皇と日本人(上)」
○ 2014年6月21日「地獄へようこそ」
○ 2014年5月21日「死は自然なもの」
○ 2014年3月21日「土曜授業は仏教の衰退を招く」
○ 2014年2月21日「暦の上ではジャニュアリー」
○ 2014年1月21日「『馬力』というものさし」
○ 2013年12月21日「高野山にロックフェラー」
○ 2013年11月21日「道徳を教科にするかどうか、自由に話し合いなさい」
○ 2013年8月21日「線香に焦らず火をつける」
○ 2013年7月21日「チャランケの精神で」
○ 2013年6月23日「会津墓地に届くか念仏の声」
○ 2013年5月21日「色彩を持たない多崎つくると、彼の色彩の話」
○ 2013年4月23日「福島から来た『吊るし雛』」
○ 2013年3月21日「三十三間堂の壮観」
○ 2013年2月21日「星に願いを」
○ 2013年1月21日「増蒼生福」
○ 2013年1月1日「我等懺悔す無始よりこのかた」
○ 2012年10月21「三国伝来」
○ 2012年8月23日「いじめを止めようとしている君へ」
○ 2012年6月21日「比叡山の静謐」
○ 2012年5月21日「時間を守る」
○ 2012年4月21日「五大に皆響きあり」
○ 2012年3月21日「永劫に残る核のごみ 〜ドイツツアーに参加して〜」
○ 2012年2月21日「from 3.11 私たちは変わったか」
○ 2012年1月21日「汚い清盛、高野山から厳島へ」
○ 2011年12月22日「人は土から離れては生きていけないのよ」
○ 2011年11月21日「鞆の浦の古さと新しさ」
○ 2011年10月21日「永平寺の懺悔と「もんじゅ」」
○ 2011年9月21日「日東第一形勝300年に学ぶ」
○ 2011年8月28日「脱原発・脱石油を誓う2011年の9.11」
○ 2011年7月28日「フクシマからヒロシマへ、ヒロシマから世界へ」
○ 2011年6月21日「脱原発の、その先へ」
○ 2011年5月21日「原発のうてもえーじゃない」
○ 2011年4月21日「『3分の1は原子力』は本当か?」
○ 2011年3月21日「千年前の聖たちのように」
○ 2011年2月21日「この不確実で不完全な世界」
○ 2011年1月21日「小さなタイガーマスクが増えること」
○ 2011年1月1日「平和の灯を高野山へ」
○ 2010年12月21日「台湾ダーランド」
○ 2010年11月21日「千人の垢を流して見えるもの」
○ 2010年10月21日「いのちの多様性」
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○ 2010年5月21日「仏法は汝らの内にあり」
○ 2010年4月23日「葬式は要らないか」
○ 2010年3月21日「再びオウム事件と仏教について」
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○ 2009年7月21日「臓器移植と『いのち』の定義 続編」
○ 2009年6月21日「臓器移植と『いのち』の定義」
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○ 2008年9月21日「神秘主義」
○ 2008年7月21日「グリーフレス中学生」
○ 2008年5月21日「祈りと行動と」
○ 2008年4月21日「聖火の“燃料”」
○ 2008年2月28日「妖精に出会う」
○ 2008年1月21日「千の風になるとして」
○ 2007年10月21日「阿字の子が阿字の古里…」
○ 2007年8月21日「目覚めよ密教!」
○ 2007年6月21日「昔のお寺がそのままに」
○ 2007年4月21日「空海の夢」
○ 2007年3月21日「無量光明」
○ 2007年2月21日「よみがえる神話」
○ 2007年1月1日「伊太利亜国睡夢譚」
○ 2006年11月21日「仏教的にありえない?」
○ 2006年10月23日「天使と悪魔 〜宗教と科学をめぐる旅〜」
○ 2006年9月21日「9/11から5年」
○ 2006年8月23日「松長有慶・新座主の紹介」
○ 2006年7月21日「靖国神社と仏教の死生観」
○ 2006年6月21日「捨身ヶ嶽で真魚を見た」
○ 2006年5月21日「キリスト教と仏教と「ダ・ヴィンチ・コード」」
○ 2006年4月21日「最澄と空海」
○ 2005年9月23日「お彼岸といえば…」
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○ 2005年4月21日「ねがはくは花の下にて春死なん…」
○ 2005年3月21日「ライブドアとフジテレビと仏教思想」
○ 2005年1月21日「…車をひく(牛)の足跡に車輪がついて行くように」
○ 2004年8月21日「…私は、知らないから、そのとおりにまた、知らないと思っている」
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○ 2004年6月23日「文殊の利剣は諸戯(しょけ)を絶つ」
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○ 2004年4月21日「抱いたはずが突き飛ばして…」(ミスターチルドレン『掌』)
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○ 2003年12月21日「あたかも、母が己が独り子を命を賭けて護るように…」
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