仏 教
 と現 代

ミッセイさんと仏教のアンビバレント

 1月9日(土)、福山駅前シネマモードで『ボクは坊さん。』の上映が始まりました。初日のこの日、映画の原作となるエッセイ『ボクは坊さん。』の著者、白川密成さんが来場し、上映後にトークとサイン会を行いました。

 ミッセイさんは四国八十八か所の札所である愛媛県の栄福寺の住職。2001年から、ウェブサイト「ほぼ日刊イトイ新聞」に「坊さん。」という連載をつづっていました。私は当時からの読者で、仏教という一見小難しそうな世界を脱力系の自然体な文章で描き出すミッセイさんの技に、毎回うなっていました。一度、ご本人とお会いしたこともありますが、とっても謙虚で気さくな人なんですよ。

 そんなミッセイさんの本が、なんと伊藤淳史さん主演で映画に。主人公は白方光円という名前になり、かなりフィクションの要素も盛り込まれましたが、四国や高野山はもとより、お坊さんの野球チームや昔ながらの葬列など、お坊さんを取り巻く風景が丁寧に描かれていて、味わい深い作品となっていました。ディープな仏教ネタがあまりないのが少し物足りない気もしましたが、そのぶん敷居が低く作られているということなのでしょう。

 その映画上映の後のミッセイさんのトークは、本や映画の制作秘話からお話がスタート。そもそも「ほぼ日」に連載が始まったのは、ミッセイさんが糸井重里さんに自らを売り込むメールを送ったのがきっかけだったそうです。糸井さんは「知らないことが書いてあれば何でも面白い」と連載を決定。その後、231回も続く人気コーナーとなりました。また、連載を書籍化する際にも、書店員経験のあるミッセイさんが自らミシマ社を版元にご指名。小規模ながら、丁寧な本作りを愚直に邁進するこの出版社を、あえて選んだそうです。

 そして今回の映画化。初めは驚いたそうですが、書籍化を通じて「媒体が変わると広がり方も変わる」ということを実感していたミッセイさんは、この話を快諾したといいます。栄福寺で行われた撮影シーンでは、伊藤淳史さんに読経指導も行い、伊藤さんから「ミッセイさんに何度もダメだしされた」と恐れられたとか。ちなみにミッセイさん自身も、映画の中でお坊さんの1人として出演しているそうです(気付かなかった!)。

 私は今回、映画を前に改めて原作を読み返したんですが、その瑞々しい感性と仏教への深い洞察がちゃんと両立していることに改めて驚きました。同時に、初めて読んだ当時は理解しえなかっただろうと思われる部分が、今の自分なら理解できるということもあって、新鮮でした。いい本というのは、読み手の変化に寄り添って永くお付き合いできるものなのですね。

 さらに、トークの際にシネマモードの岩本さんが端的に言われた「ああでもない、こうでもない、というより、ああでもある、こうでもある」という仏教の魅力、これがそのまま、ミッセイさんの文章の魅力なんだなということがよく分かりました。ありか、なしか、簡単に結論は出せないアンビバレントな状況をあえて結論付けずに表現できるミッセイさんは、もはや存在そのものが仏教的といえるかもしれません。

 映画を見たら、ぜひ原作『ボクは坊さん。』をどうぞ。続編ともいえる『坊さん、父になる。』もオススメです。お坊さんの恋愛事情が「暴露」されていて、ますますアンビバレント!

2016年1月21日 坂田光永




《バックナンバー》

○ 2016年1月1日「悟空の年」
○ 2015年11月21日「『ボクは坊さん。』が映画化」
○ 2015年10月21日「寺院消滅」
○ 2015年9月21日「安保法制と仏教界」
○ 2015年8月21日「日本霊性論」
○ 2015年7月21日「隠す言葉、明かす言葉」
○ 2015年5月21日「太古からのエネルギー」
○ 2015年4月21日「1200年という『ものさし』」
○ 2015年3月21日「天上天下唯我独尊」
○ 2015年2月21日「私はシャーリプトラ」
○ 2014年12月21日「下山する勇気」
○ 2014年10月21日「御嶽山と川内原発」
○ 2014年8月21日「天皇と日本人(下)」
○ 2014年7月21日「天皇と日本人(上)」
○ 2014年6月21日「地獄へようこそ」
○ 2014年5月21日「死は自然なもの」
○ 2014年3月21日「土曜授業は仏教の衰退を招く」
○ 2014年2月21日「暦の上ではジャニュアリー」
○ 2014年1月21日「『馬力』というものさし」
○ 2013年12月21日「高野山にロックフェラー」
○ 2013年11月21日「道徳を教科にするかどうか、自由に話し合いなさい」
○ 2013年8月21日「線香に焦らず火をつける」
○ 2013年7月21日「チャランケの精神で」
○ 2013年6月23日「会津墓地に届くか念仏の声」
○ 2013年5月21日「色彩を持たない多崎つくると、彼の色彩の話」
○ 2013年4月23日「福島から来た『吊るし雛』」
○ 2013年3月21日「三十三間堂の壮観」
○ 2013年2月21日「星に願いを」
○ 2013年1月21日「増蒼生福」
○ 2013年1月1日「我等懺悔す無始よりこのかた」
○ 2012年10月21「三国伝来」
○ 2012年8月23日「いじめを止めようとしている君へ」
○ 2012年6月21日「比叡山の静謐」
○ 2012年5月21日「時間を守る」
○ 2012年4月21日「五大に皆響きあり」
○ 2012年3月21日「永劫に残る核のごみ 〜ドイツツアーに参加して〜」
○ 2012年2月21日「from 3.11 私たちは変わったか」
○ 2012年1月21日「汚い清盛、高野山から厳島へ」
○ 2011年12月22日「人は土から離れては生きていけないのよ」
○ 2011年11月21日「鞆の浦の古さと新しさ」
○ 2011年10月21日「永平寺の懺悔と「もんじゅ」」
○ 2011年9月21日「日東第一形勝300年に学ぶ」
○ 2011年8月28日「脱原発・脱石油を誓う2011年の9.11」
○ 2011年7月28日「フクシマからヒロシマへ、ヒロシマから世界へ」
○ 2011年6月21日「脱原発の、その先へ」
○ 2011年5月21日「原発のうてもえーじゃない」
○ 2011年4月21日「『3分の1は原子力』は本当か?」
○ 2011年3月21日「千年前の聖たちのように」
○ 2011年2月21日「この不確実で不完全な世界」
○ 2011年1月21日「小さなタイガーマスクが増えること」
○ 2011年1月1日「平和の灯を高野山へ」
○ 2010年12月21日「台湾ダーランド」
○ 2010年11月21日「千人の垢を流して見えるもの」
○ 2010年10月21日「いのちの多様性」
○ 2010年8月21日「奈良、歴史『再発見』」
○ 2010年7月21日「身延山と日蓮」
○ 2010年6月21日「ボクも坊さん。」
○ 2010年5月21日「仏法は汝らの内にあり」
○ 2010年4月23日「葬式は要らないか」
○ 2010年3月21日「再びオウム事件と仏教について」
○ 2010年2月21日「立松和平さんの祈り」
○ 2010年1月1日「排他的、独善的な仏教にならないために」
○ 2009年12月21日「『JIN』のようにはいかないもので」
○ 2009年11月21日「排他的?独善的!」
○ 2009年10月21日「アフガンに緑の大地を」
○ 2009年9月23日「笑いとため息」
○ 2009年7月21日「臓器移植と『いのち』の定義 続編」
○ 2009年6月21日「臓器移植と『いのち』の定義」
○ 2009年5月21日「『地救』のために何ができるか」
○ 2009年4月21日「アイアム・ブッディズム・プリースト」
○ 2009年3月21日「おくりびとと『死のケガレ』」
○ 2009年1月21日「『伝道師』としてのオバマ」
○ 2009年1月1日「空と海をつなぐ」
○ 2008年10月28日「会津をめぐる」
○ 2008年9月21日「神秘主義」
○ 2008年7月21日「グリーフレス中学生」
○ 2008年5月21日「祈りと行動と」
○ 2008年4月21日「聖火の“燃料”」
○ 2008年2月28日「妖精に出会う」
○ 2008年1月21日「千の風になるとして」
○ 2007年10月21日「阿字の子が阿字の古里…」
○ 2007年8月21日「目覚めよ密教!」
○ 2007年6月21日「昔のお寺がそのままに」
○ 2007年4月21日「空海の夢」
○ 2007年3月21日「無量光明」
○ 2007年2月21日「よみがえる神話」
○ 2007年1月1日「伊太利亜国睡夢譚」
○ 2006年11月21日「仏教的にありえない?」
○ 2006年10月23日「天使と悪魔 〜宗教と科学をめぐる旅〜」
○ 2006年9月21日「9/11から5年」
○ 2006年8月23日「松長有慶・新座主の紹介」
○ 2006年7月21日「靖国神社と仏教の死生観」
○ 2006年6月21日「捨身ヶ嶽で真魚を見た」
○ 2006年5月21日「キリスト教と仏教と「ダ・ヴィンチ・コード」」
○ 2006年4月21日「最澄と空海」
○ 2005年9月23日「お彼岸といえば…」
○ 2005年7月21日「お盆といえば…」
○ 2005年4月21日「ねがはくは花の下にて春死なん…」
○ 2005年3月21日「ライブドアとフジテレビと仏教思想」
○ 2005年1月21日「…車をひく(牛)の足跡に車輪がついて行くように」
○ 2004年8月21日「…私は、知らないから、そのとおりにまた、知らないと思っている」
○ 2004年7月21日「鈴と、小鳥と、それから私、みんなちがって、みんないい。」
○ 2004年6月23日「文殊の利剣は諸戯(しょけ)を絶つ」
○ 2004年5月21日「世界に一つだけの花一人一人違う種を持つ…」(SMAP『世界に一つだけの花』)
○ 2004年4月21日「抱いたはずが突き飛ばして…」(ミスターチルドレン『掌』)
○ 2004年3月23日「縁起を見る者は、法を見る。法を見る者は、縁起を見る」
○ 2004年2月21日「…犀(さい)の角のようにただ独り歩め」
○ 2004年1月21日「現代の世に「釈風」を吹かせたい ―心の相談員養成講習会を受講して―」
○ 2003年12月21日「あたかも、母が己が独り子を命を賭けて護るように…」
○ 2003年11月21日「…蒼生の福を増せ」
○ 2003年10月21日「ありがたや … (同行二人御詠歌)」
○ 2003年9月21日「観自在菩薩 深い般若波羅蜜多を行ずるの時 … 」
○ 2003年8月21日「それ仏法 遙かにあらず … 」



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