仏 教
 と現 代

亡国の相

 インドは仏教発祥の地ですが、その後仏教はインドでは消滅したと歴史で習います。しかし第二次大戦後、ガンディーとともにインド独立を成し遂げ「インド憲法の父」と呼ばれたアンベードカル博士が、インドで仏教を復興しました。インドのカースト制度で「不可触民」と呼ばれる最下層の出身だった博士は、ヒンドゥー教徒のなかでは根強いカースト制度から脱却するために、数十万人の不可触民とともに一斉に仏教に改宗をおこなったのです。

 そして、アンベードカル博士が創始した新たなインド仏教は、すでに信者1億人を抱える一大勢力となっています。そんな現在のインド仏教の最高指導者が、日本出身の佐々井秀嶺上人です。

 6月16日(木)、尾道で佐々井秀嶺上人の講演会が開催されました。すでに80歳となり、歩くのもやっとの状況ですが、東日本大震災以降、毎年日本に帰国されているそうです。それにしても、わざわざ尾道まで来られるとは極めて貴重な機会だと思い、足を運んでみました。

 佐々井上人は、時折聞き取りにくくなりながらも、お腹から発する力強い声でお話をされました。佐々井上人が現在、取り組んでいる事業は主に2つ。1つはマンセル仏教遺跡の調査で、これは大乗仏教でいわれる「南天の鉄塔」ではないかということで、佐々井上人自らが発見し、調査を進めています。

 2つ目は、仏教発祥の地ブッダガヤの奪還運動。釈迦が悟りを開いたとされるブッダガヤは、仏教最大の聖地でありながら、ヒンドゥー教徒が管理しています。これを仏教者の手に取り戻すべく、裁判や陳情などの平和的手段を尽くしています。このブッダガヤ奪還運動に対しては、日本の仏教教団は一部を除いて無関心だというから驚きです。

 質疑応答の時間となり、私は「インドから日本を見ると、どのように見えますか?」とお尋ねしました。佐々井上人は「母国を悪く言いたくはないが…」と前置きしながら、「亡国の相が出ている!」と喝破。「都会では人が電車に詰め込まれ、ビルに詰め込まれ、機械と仕事をし、朝から晩まで働いて、疲れて家に帰って、テレビを見て寝て、朝起きて電車に詰め込まれ… 何も考えない! 田舎には人がいない。学校には子どもがいない。亡国の相が出ている」と指摘しました。

 なんと、私の漠然とした質問に対し、私がモヤモヤと感じていた思いをズバリ的確に、しかも独特の表現で指摘されたので、私は驚きました。実におっしゃる通りだと思います。通勤に人生を捧げる思考停止の人々。水や食べ物を生み出す田舎を荒らして平気な社会。民心と国土を押しつぶしながら経済成長に邁進する政府。こんな国が長続きするはずがありません。まさに亡国の相です。

 佐々井上人の見事な観察力に脱帽しつつ、インドでの今後の活躍を見守っていきたいと思いました。

2016年7月21日 坂田光永




《バックナンバー》

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○ 2016年1月21日「ミッセイさんと仏教のアンビバレント」
○ 2016年1月1日「悟空の年」
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○ 2015年9月21日「安保法制と仏教界」
○ 2015年8月21日「日本霊性論」
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○ 2014年10月21日「御嶽山と川内原発」
○ 2014年8月21日「天皇と日本人(下)」
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○ 2014年6月21日「地獄へようこそ」
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○ 2014年3月21日「土曜授業は仏教の衰退を招く」
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○ 2009年6月21日「臓器移植と『いのち』の定義」
○ 2009年5月21日「『地救』のために何ができるか」
○ 2009年4月21日「アイアム・ブッディズム・プリースト」
○ 2009年3月21日「おくりびとと『死のケガレ』」
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○ 2009年1月1日「空と海をつなぐ」
○ 2008年10月28日「会津をめぐる」
○ 2008年9月21日「神秘主義」
○ 2008年7月21日「グリーフレス中学生」
○ 2008年5月21日「祈りと行動と」
○ 2008年4月21日「聖火の“燃料”」
○ 2008年2月28日「妖精に出会う」
○ 2008年1月21日「千の風になるとして」
○ 2007年10月21日「阿字の子が阿字の古里…」
○ 2007年8月21日「目覚めよ密教!」
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○ 2007年3月21日「無量光明」
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○ 2007年1月1日「伊太利亜国睡夢譚」
○ 2006年11月21日「仏教的にありえない?」
○ 2006年10月23日「天使と悪魔 〜宗教と科学をめぐる旅〜」
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