仏 教 と現 代
日光東照宮と輪王寺 ついにNHK大河ドラマ『真田丸』が最終回を迎えてしまいました。脚本も演出も素晴らしかったと思いますが、やはり「ラスボス」として圧倒的存在感を放った徳川家康の存在は大きかったと思います。 そんな家康が神様として祀られている日光山に、業界関係者の旅行で行ってきました。 日光と言えばイコール「日光東照宮」が有名ですが、実は日光山の大部分は「輪王寺」という天台宗寺院です。その本堂にあたる「三仏堂」は、ただいま修復中ということで、すっぽりと壁に覆われています。50年に一度の大修理なのですが、なんと10年もかかるとか。つまり通常営業(?)は40年で、また10年の修理をするということ? 大きなお寺は大変ですね。 でも、修理中だからこそ見える景色もあります。工事用の構造を利用して天空回廊が設けられていて、屋根の上から見下ろすことができるのです。本尊の阿弥陀如来、千手観音、馬頭観音は、この屋根をはずして上から引き上げられて修復され、再び上から引き下ろされて安置されたとのこと。途方もない作業にただただ恐れ入るばかりです。 続いていよいよ「東照宮」へ。東照宮は輪王寺の中核部分に位置しています。東照宮の周りを輪王寺が囲んでいると言ったほうが分かりやすいかもしれません。まるでバチカン市国をローマ市が囲んでいるような感じでしょうか。 どうしてそんなことになっているのか? 明治以前は寺院部分と神社部分に明確な線引きはなく、神仏習合の信仰が行われていました。東照宮ができる前の日光山は、神社である二荒山神社と、寺院である輪王寺が、渾然一体となって一つの聖地となっていたわけです。しかし明治政府は神仏分離令によってそれを強引に引きはがしてしまいました。 そんな政策のいびつさが現れているスポットの一つが「本地堂」、通称「鳴龍」です。神社である東照宮の境内に、仏である薬師如来が祀られているのです。いや、本来ならそれでいいんでしょう。この薬師如来は東照大権現つまり神君家康公の本地仏という位置づけなのです。なのに哀しいかな、現在の東照宮と輪王寺を分けてしまったので、境内を所有する東照宮と、本地堂の建物を管理する輪王寺とは緊張関係にあるとか。龍が泣いてるぞ、違う意味で。そもそも神仏分離を強引にやろうとしたことに誤りがあるのは明白です。 では、神仏分離令はなぜ行われたのか? 明治政府は天皇の権威を確立するために神道を利用することにし、神社から仏教の影響を排除しようとしたのがその理由です。しかし日光山は、輪王寺が天皇家ゆかりの門跡寺院であり、東照宮が徳川家の神社なのです。明治政府の思惑とはちょうど逆の関係になっているわけです。神仏分離が引き起こした廃仏毀釈の嵐の中で、輪王寺が生き残ったのは、そういったことも関係するかもしれません。 この問題を深掘りすると、ひいては明治維新の正当性さえ問われかねません。そんなことを知ってか知らずか、「見ざる言わざる聞かざる」で有名な「三猿」の彫刻が私たちに何かを訴えてきます。といっても、現在はこの三猿も修復中で、写真に写っているのはレプリカです。 さらに、有名な「唐門」も修復中でした。本来ならまばゆいばかりの金色と繊細な極彩色の彫刻が私たちを出迎えてくれるのですが、現在は幕の隙間からのぞく部分を有り難く眺めるしかありません。まぁ、常に風雨にさらされているわけですから、修復はどうしても必要ですよね。 そして東照宮の最奥部、家康公が眠る「奥宮」に足を運んでいきます。階段を207段のぼっていくと奥宮拝殿があり、その奥に宝塔が見えてきます。東照大権現つまり家康公は、この下に座禅した状態でおさめられているということです。 ガイドさんに言われて初めて気付いたのですが、今年はなんと家康公が日光に祀られてちょうど400年なのです。そうか、大阪夏の陣が1615年、家康死去が1616年、東照宮建立が1617年なのでした。なんと今年は記念の年だったのです。そんな年に、徳川家康が悪役となるような大河ドラマが放送されるとは、なんとも不思議な巡り合わせですね。 ちなみに、奥宮にのぼる入り口の門には、左甚五郎作の「眠り猫」が掘られています。その裏には遊んでいる雀が。猫が雀を襲わないほど平和な世になるように、という願いがこめられているのだとか。私は完全なる「真田クラスタ」ではありますが、戦乱の世を終わらせ、平和な時代を築いた家康公の功績はじゅうぶん分かっているつもりです。 |
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2016年12月21日 坂田光永 |
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○ 2005年3月21日「ライブドアとフジテレビと仏教思想」
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○ 2004年6月23日「文殊の利剣は諸戯(しょけ)を絶つ」
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○ 2004年4月21日「抱いたはずが突き飛ばして…」(ミスターチルドレン『掌』)
○ 2004年3月23日「縁起を見る者は、法を見る。法を見る者は、縁起を見る」
○ 2004年2月21日「…犀(さい)の角のようにただ独り歩め」
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○ 2003年12月21日「あたかも、母が己が独り子を命を賭けて護るように…」
○ 2003年11月21日「…蒼生の福を増せ」
○ 2003年10月21日「ありがたや … (同行二人御詠歌)」
○ 2003年9月21日「観自在菩薩 深い般若波羅蜜多を行ずるの時 … 」
○ 2003年8月21日「それ仏法 遙かにあらず … 」