仏 教
 と現 代

方舟と大乗

 時に世、神の前に乱れて暴虐世にみちたりき
 神ノアに言いたまひけるは、すべての人の末期(おわり)わが前に近づけり
 みよ、我、洪水を地に起こしてすべて生命のいきある肉なる者を天下よりほろぼし絶たん
 地にをる者は皆死ぬべし
 されど汝とは我わが契約をたてん
 汝は汝の子等と汝の妻および汝の子等の妻とともにその方舟(はこぶね)に入るべし
  (旧約聖書『創世記』より抜粋)

 ここしばらく「ミサイル騒動」が大きく報道されました。不安を感じている皆さんには申し訳ないのですが、私はこの問題の取り上げ方にどうにも違和感を感じています。「北朝鮮ミサイル」と題してテレビに青枠が入り、文字情報が流れる様子を見ると、まるで避けがたい大規模災害のような扱いです。しかし、実際は外交問題であり、しかも過去に何度も経験してきたこと。ことさらに煽り立てるのは、何か別の意味があるのではないかと勘繰ってしまうのです。

 こんな取り上げ方なので、私の周りでも「核シェルターを造ったほうがいいんじゃないか」と言い出す人が現れました。それだけリアルな恐怖を感じているということなのでしょう。「核シェルターがあれば入りたい」と思う人が出てきても、おかしくはありません。

 では、果たして「みんなが入れる核シェルター」というのは有り得るのでしょうか。ちょっと考えてみましょう、1億2000万人を収容できるような核シェルターが現実に造れるのかどうか。財源はどうするのか。場所はどこに造るのか。シェルターまで無事に避難するための道路や交通手段はあるのか。何年をそこで過ごすのか。そのための食料や安全な水は確保できるのか。そして、ストレスの高まる中、密閉空間で何が起きるのか。あなたはそれに耐えられるのか…

 どうやら「1億2000万人が入れる核シェルター」は無理っぽいですね。であれば、次の課題が生じます。 すなわち、「核シェルターに入れる人をどうやって選別するのか」という課題です。

 旧約聖書には有名な「ノアの方舟」の神話があります。洪水で世界が滅ぼされようとするなか、神に選ばれしノアとその一族だけが方舟に乗ることを許されます。

 この「ノアの方舟」をモチーフにした物語として、藤子・F・不二雄の『箱舟はいっぱい』という短編漫画があります。地球に彗星が激突するという不安が世界を取り巻く中、「ノア機構」という謎の団体が地球脱出ロケットを開発します。ただしそのロケットは定員が決まっており、どうやら主人公の隣人がひそかにその権利を得たというのです。それまで仲が良かった隣人とは徐々に亀裂が深まっていきます。日本中が、「選ばれた人」と「選ばれなかった人」に分断されていくのです…

 核シェルターも、いわば方舟です。定員の限られた救助船なのです。となれば、そこに誰が入るのかを決めなければいけません。早い者勝ちなのか。お金をたくさん積んだ人なのか。国に有益な人を選ぶのか。若い人を選ぶのか。どんなふうに決めても、必ず禍根を残すでしょう。

 「核シェルターでも造ったらどうか」と言っているあなた。あなたは、おそらく核シェルターには入れません。それは方舟の宿命です。「すべての人の末期」を受け入れる発想なのです。

 私たちは大乗仏教の末徒です。「大乗」とは、すべての衆生を救うための大きな乗り物という意味。そこには選別も分断もありません。私たちは、大乗を目指さなければいけないのです。

2017年9月21日 坂田光永





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