仏 教 と現 代
井伊谷と龍潭寺
龍潭寺 井伊家の墓 井伊家発祥の井戸 |
大河ドラマ『おんな城主 直虎』が終了しました。前作『真田丸』ほどの盛り上がりはないものの、後半になって徐々に森下佳子脚本の持ち味が発揮されてきたように思います。そんな直虎の故郷である浜松・井伊谷を、友人のガイドで巡ってきました。 JR浜松駅から30分ほど自動車で北に行ったところに、「龍潭寺」があります。井伊家の菩提寺であり、臨済宗妙心寺派の名刹です。井伊家は平安時代からその名が知られ、南北朝時代には南朝・後醍醐天皇の皇子である宗良親王がこの地で井伊家と合流し、北朝軍と戦ったという記録があります。その後、22代の直盛が桶狭間で戦死し井伊家不遇の時代になると、龍潭寺は井伊家と苦難をともにし、直政の代に復興を遂げました。大河ドラマでは小林薫演じる南渓和尚ら個性的な龍潭寺の僧たちが登場します。また主人公の直虎もこの龍潭寺で出家して尼僧となりました。柴咲コウが読む(歌う?)独特なメロディの観音経は、このドラマのテーマ曲のようでもあります。 そんな龍潭寺の見所は何といっても庭園です。小堀遠州作の池泉鑑賞式庭園は代表的な寺院庭園として貴重なものだそうで、写真奥にある井伊家御霊屋(位牌を祀るお堂)を書院から遥拝できる作りになっています。遠州は造園のほか、築城・普請、茶道、華道などでも活躍した多彩な文化人です。遠州という名前はたまたま与えられた官名(遠江守)によりますが、直政の次男・直孝と親交が深かったことから龍潭寺の庭園を手がけたということのようです。ちなみに遠州の師匠は古田織部で、彼は家康によって非業の死を遂げています。遠州も何度か失脚の危機があったみたいですが、その危機を救ったのは直孝だったといいます。 境内には井伊家の墓所もあり、初代・井伊共保、22代・直盛の墓を中心に、24代・直政や、次郎法師直虎の墓も祀られています。墓地は本堂の西側に位置しており、西方極楽浄土を表しているそうです。禅宗寺院ですが浄土を意識したり、本尊が虚空蔵菩薩(秘仏)だったり、それなのに別の部屋には巨大な丈六釈迦如来像がまつられていたりと、なんともバラエティに富んだ要素を持っている懐の深いお寺です。 龍潭寺を巡っていると、いつの間にか隣の神社に足を踏み入れていました。宗良親王を祭神とする「井伊谷宮」です。おそらくこの神社も龍潭寺と隣り合っていることから、例に漏れず神仏習合の歴史を持っているのだろうと思いました。宗良親王は天台座主を務めたこともあり、ということは当然僧侶であるわけで、その人が神社の祭神となっているのはいろいろと興味深いところです。また宗良親王は和歌をたしなみ、和歌集を編纂しようとしたことから、併設されている小さな資料館には豊臣秀頼や北条氏政ら当時の大大名の和歌が展示されています。 さて、今回のもう一つの目玉が、井伊家発祥の「井戸」です。初代・井伊共保は井戸から生まれたという伝説があり、大河ドラマでもたびたび直虎たちが井戸に手を合わせるシーンが登場します。龍潭寺の駐車場に「井戸」と大書きされた看板が立っていて、それに従って歩くと、ありました! 田んぼのど真ん中に壁で囲われた井戸があるじゃないですか。 それにしても、実に不思議な光景です。井伊家の伝説を物語る最重要スポットのはずなのに、田んぼの中に唐突な感じで残されている井戸。普通ならそういう場所には神社を建てたりしそうなものですが、しかし秋の収穫前の時季などは、それはそれで見事な情景なのでしょう。大河ドラマの直虎が井伊谷の民たちと苦楽をともにしている様子は、この井戸と田んぼの関係から着想を得たのかもしれませんね。 来年の大河ドラマは『西郷どん』。今度は幕末の大老・井伊直弼が登場するのでしょうか。『おんな城主 直虎』は終わっても、井伊家そのものはもうしばらく注目を集めそうです。 |
龍潭寺の庭園 井伊谷宮 |
2017年12月21日 坂田光永 |
《バックナンバー》
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○ 2017年10月21日「結縁灌頂 成満御礼」
○ 2017年9月21日「方舟と大乗」
○ 2017年8月21日「和編鐘の響き」
○ 2017年7月21日「中村敦夫『線量計が鳴る』」
○ 2017年6月21日「築地市場と築地本願寺」
○ 2017年5月21日「豊臣家を滅ぼしたあの鐘銘」
○ 2017年4月21日「愛国と信仰」
○ 2017年3月21日「氷川神社と喜多院」
○ 2017年2月21日「トランプ大統領と福音派の距離感」
○ 2017年1月21日「共命の鳥」
○ 2016年12月21日「日光東照宮と輪王寺」
○ 2016年11月21日「天皇の生前退位は『仏教の弊害』?」
○ 2016年10月21日「追悼、日野西眞定先生」
○ 2016年9月21日「駆込み女と駆出し男」
○ 2016年8月21日「お盆と神道」
○ 2016年7月21日「亡国の相」
○ 2016年5月21日「星籠の海」
○ 2016年4月21日「花まつりの対機説法」
○ 2016年3月21日「徳川家の菩提寺・増上寺と厭離穢土」
○ 2016年2月21日「阿弥陀さん保存修理事業が成満」
○ 2016年1月21日「ミッセイさんと仏教のアンビバレント」
○ 2016年1月1日「悟空の年」
○ 2015年11月21日「『ボクは坊さん。』が映画化」
○ 2015年10月21日「寺院消滅」
○ 2015年9月21日「安保法制と仏教界」
○ 2015年8月21日「日本霊性論」
○ 2015年7月21日「隠す言葉、明かす言葉」
○ 2015年5月21日「太古からのエネルギー」
○ 2015年4月21日「1200年という『ものさし』」
○ 2015年3月21日「天上天下唯我独尊」
○ 2015年2月21日「私はシャーリプトラ」
○ 2014年12月21日「下山する勇気」
○ 2014年10月21日「御嶽山と川内原発」
○ 2014年8月21日「天皇と日本人(下)」
○ 2014年7月21日「天皇と日本人(上)」
○ 2014年6月21日「地獄へようこそ」
○ 2014年5月21日「死は自然なもの」
○ 2014年3月21日「土曜授業は仏教の衰退を招く」
○ 2014年2月21日「暦の上ではジャニュアリー」
○ 2014年1月21日「『馬力』というものさし」
○ 2013年12月21日「高野山にロックフェラー」
○ 2013年11月21日「道徳を教科にするかどうか、自由に話し合いなさい」
○ 2013年8月21日「線香に焦らず火をつける」
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○ 2012年6月21日「比叡山の静謐」
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○ 2010年12月21日「台湾ダーランド」
○ 2010年11月21日「千人の垢を流して見えるもの」
○ 2010年10月21日「いのちの多様性」
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○ 2010年7月21日「身延山と日蓮」
○ 2010年6月21日「ボクも坊さん。」
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○ 2010年4月23日「葬式は要らないか」
○ 2010年3月21日「再びオウム事件と仏教について」
○ 2010年2月21日「立松和平さんの祈り」
○ 2010年1月1日「排他的、独善的な仏教にならないために」
○ 2009年12月21日「『JIN』のようにはいかないもので」
○ 2009年11月21日「排他的?独善的!」
○ 2009年10月21日「アフガンに緑の大地を」
○ 2009年9月23日「笑いとため息」
○ 2009年7月21日「臓器移植と『いのち』の定義 続編」
○ 2009年6月21日「臓器移植と『いのち』の定義」
○ 2009年5月21日「『地救』のために何ができるか」
○ 2009年4月21日「アイアム・ブッディズム・プリースト」
○ 2009年3月21日「おくりびとと『死のケガレ』」
○ 2009年1月21日「『伝道師』としてのオバマ」
○ 2009年1月1日「空と海をつなぐ」
○ 2008年10月28日「会津をめぐる」
○ 2008年9月21日「神秘主義」
○ 2008年7月21日「グリーフレス中学生」
○ 2008年5月21日「祈りと行動と」
○ 2008年4月21日「聖火の“燃料”」
○ 2008年2月28日「妖精に出会う」
○ 2008年1月21日「千の風になるとして」
○ 2007年10月21日「阿字の子が阿字の古里…」
○ 2007年8月21日「目覚めよ密教!」
○ 2007年6月21日「昔のお寺がそのままに」
○ 2007年4月21日「空海の夢」
○ 2007年3月21日「無量光明」
○ 2007年2月21日「よみがえる神話」
○ 2007年1月1日「伊太利亜国睡夢譚」
○ 2006年11月21日「仏教的にありえない?」
○ 2006年10月23日「天使と悪魔 〜宗教と科学をめぐる旅〜」
○ 2006年9月21日「9/11から5年」
○ 2006年8月23日「松長有慶・新座主の紹介」
○ 2006年7月21日「靖国神社と仏教の死生観」
○ 2006年6月21日「捨身ヶ嶽で真魚を見た」
○ 2006年5月21日「キリスト教と仏教と「ダ・ヴィンチ・コード」」
○ 2006年4月21日「最澄と空海」
○ 2005年9月23日「お彼岸といえば…」
○ 2005年7月21日「お盆といえば…」
○ 2005年4月21日「ねがはくは花の下にて春死なん…」
○ 2005年3月21日「ライブドアとフジテレビと仏教思想」
○ 2005年1月21日「…車をひく(牛)の足跡に車輪がついて行くように」
○ 2004年8月21日「…私は、知らないから、そのとおりにまた、知らないと思っている」
○ 2004年7月21日「鈴と、小鳥と、それから私、みんなちがって、みんないい。」
○ 2004年6月23日「文殊の利剣は諸戯(しょけ)を絶つ」
○ 2004年5月21日「世界に一つだけの花一人一人違う種を持つ…」(SMAP『世界に一つだけの花』)
○ 2004年4月21日「抱いたはずが突き飛ばして…」(ミスターチルドレン『掌』)
○ 2004年3月23日「縁起を見る者は、法を見る。法を見る者は、縁起を見る」
○ 2004年2月21日「…犀(さい)の角のようにただ独り歩め」
○ 2004年1月21日「現代の世に「釈風」を吹かせたい ―心の相談員養成講習会を受講して―」
○ 2003年12月21日「あたかも、母が己が独り子を命を賭けて護るように…」
○ 2003年11月21日「…蒼生の福を増せ」
○ 2003年10月21日「ありがたや … (同行二人御詠歌)」
○ 2003年9月21日「観自在菩薩 深い般若波羅蜜多を行ずるの時 … 」
○ 2003年8月21日「それ仏法 遙かにあらず … 」