仏 教
 と現 代

仏像と日本人

 福山駅前で釣竿を持つあの人物が岡倉天心だと知っている人はどのぐらいいるのでしょうか。近代日本の美術研究の創始者にして文化財保護の先駆者である岡倉天心。その彼は、仏像保存の「救世主」といってもいい半面、仏像を「美術品」と見なす考え方を日本で始めた人でもあります。仏像は果たして祈りの対象か、それとも美術品か? そんな問題提起を立てつつ、和辻哲郎、白洲正子からみうらじゅんまでを取り上げて日本人の感性の変遷をたどる、碧海寿広『仏像と日本人』。あるようでなかった仏像論の入門編にして最前線です。

 明治維新の神仏分離令と廃仏毀釈によって壊滅的な被害を受けた仏教と仏像。例えば薩摩藩(鹿児島県)では、およそ1000あった寺院が見事にゼロになるという猛烈な仏教弾圧が起きました。そんな嵐のような動きに加え、近代化=西洋化という変革の中で、仏教はまさに風前の灯火でした。そんな状況を救ったのが、仏像を文化財と位置付けて保護しようとする岡倉天心でした。

 岡倉天心の有名なエピソードである、法隆寺夢殿の救世観音像の開扉。秘仏として守られてきた仏像の扉を、文化財保護という立場から「こじあけた」天心と、「雷が落ちる」とおそれて逃げ出した僧侶たち。近代化の文脈では、蒙昧な僧侶に対する近代人・岡倉天心の開明的行動として受け止められていましたが、戦争が深刻化するにつれ、僧侶を擁護する論者が増えていきました。それは、近代化の中でいったんは「美術品」として扱われるようになった仏像が、再び「祈りの対象」となってきたことの現れでした。仏像そのものは何も変わっていないのに、それを眺める人々の態度のほうが有為転変しているのです。つまり「仏像をめぐる歴史」とは、仏像と向き合う私たちの歴史なのでした。

 今でも僧侶たちの間では、仏像が宝物館や博物館などに保管され、本来祀られているはずの堂内にはレプリカが置かれているということの不満が根強くあります。一方で、岡倉天心がこのようなやり方を「発明」しなければ、仏像は破壊されるか海外に売り飛ばされるかしていたわけで、私たちは決して天心の行動を非難できるものではありません。そして、「祈りの対象か美術品か」という二者択一的な論争を、それこそ天心の『東洋の理想』にあるような「不二一元論」で乗り越えていくことが、現代に求められていることなのかもしれません。

 「仏像ブームが仏教拡大につながっていかない」と不満を吐くだけでなく、仏像に対して人々は何を求めているのかを、もっと素直に受け止めてみたいと思います。

2018年10月21日 坂田光永





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