仏 教 と現 代

グレーゾーン遺体

 新型コロナウイルスの猛威はとどまるところを知らず、連日感染者は増え続けています。

 そんな中、最近になって日本のメディアは「グレーゾーン遺体」の存在を取り上げるようになりました。例えば4月17日のNHK「おはよう日本」では、「葬儀会社が直面 法制度なし PCR検査していない“グレーゾーン遺体”」というタイトルで、葬儀関係者の間に広がる不安を紹介。新型コロナかどうかを判定する「PCR検査」を受ける前に肺炎で亡くなり、疑わしい状態のままで葬儀会社に運ばれる遺体(これを「グレーゾーン遺体」と呼ぶようです)について、葬儀会社は深刻なリスクに直面しているという話題です。もし新型コロナに感染した遺体であれば、葬儀スタッフも、そして参列する家族らも感染してしまう危険性が出てきます。

 こういう問題が発生する背景には、日本のPCR検査数が他国に比べて極めて少ないという状況があります。新型コロナ問題が浮上した当初から、「日本の検査数は少ないのではないか?」という疑問は上がっていました。

 ドライブスルー検査、空港でのウォーキングスルー検査などが話題になった韓国は、患者数を抑え込むことに成功した国の一つと見られています。一方でGPSを使った感染者の行動の公開など、プライバシーの問題については評価が分かれるところですが、検査数が多いということは相当な効果があったと見ていいでしょう。

 もっと検査数が多いのがアイスランドで、人口100万人あたり10万人が検査を受けています。韓国は100万人あたり約1万件です。日本はというと、人口100万人あたり365件なんですね。アイスランドや韓国と比べて、日本は圧倒的に少ないと分かります。

 検査数の少なさについて、以前は「五輪開催のために感染者数を少なく見せたいからでは?」という陰謀論めいた疑念が渦巻いていました。政府の関心事は「コロナより五輪」でしたから当然そういう疑念も沸き起こるとは思いますが、五輪延期後もさほど増えなかったので、これは別問題なんだろうと私は思います。

 検査数の少なさを擁護する意見としてよく見かけたのは、日本は「クラスターつぶし」を軸にコロナ対策をしている、それが効果的、それがエビデンスだ、だからやみくもにPCR検査をするべきではない、というものでした。日本感染症学会の見解も、「重症者の検査を優先。軽症者はPCR検査を推奨しない」というものでした。その一つの目安として「37.5度以上の発熱が4日以上続く場合」が条件とされてきました。

 確かに当初は、クラスターつぶしを重点として検査対象を絞った対策は有効だったかもしれません。しかし、リンク無し(感染経路不明)の感染者が増えてきた今となっては、それもどうだったんだろうと首をかしげてしまいます。例えば島根県で最初に新型コロナに感染した高校生は、3月中旬に症状が出たにもかかわらず、実際に検査が行われたのは4月9日でした。それまでの間、その高校生はアルバイトに行ったり人と会ったりしているのです。

 すると最近、政府専門家会議のメンバー自身が「高齢者や基礎疾患のある方は2日でもいい」「個人的には初日でもいい」と言い始めました。理由は「キャパシティの問題」だと。クラスターつぶしを重点として検査対象を絞っていたのも、「37.5度が4日間」にこだわって検査をことわっていたのも、なんと医学的エビデンスがあったわけではなかったのです。

 どうやら、日本の検査数が抑制されてきたのは、こういう理由です。…厚生労働省はこの5年、全国の病院の病床削減計画を進めてきた。昨年秋には13万床もの削減目標を掲げ、医療費抑制を推進。しかし新型コロナ問題が発生してしまう。感染者を受け入れるには病床が足らない。そこでやむを得ず、まずはクラスターを最優先に集中的にPCR検査を行い、重症患者のみ入院するという「準水際作戦」のような形で対処した。検査を増やせばおのずと感染者数が増えるため、すぐに医療側のキャパシティがオーバーして「医療崩壊」してしまう危険があった。そのため検査数を抑制するという方針が取られた…。

 で、その結果どうなったかというと、症状はあったのに検査を受けられなかったり無症状だったりした「隠れ感染者」が急増し、その人たちが新たに感染を広げてしまうという事態になりました。いまや都市部では「医療崩壊」が現実のものとなりつつあります。

 繰り返しますが、当初は「クラスターつぶし」で良かったのかもしれません。でもそれはあくまで時間稼ぎということで、その間にいろいろな政策資源を投入して、検査能力を拡充する、病床数を増やす、あるいはホテルなどを借り上げて臨時病棟にする、重傷者優先・軽症者自宅待機のトリアージを明確にするなどの態勢を整えておけばよかったのでしょう。しかし、そうはならなかったわけです。

 このようなことを書くと、「不安を煽るな」「医療現場はこんなに頑張っているのに」などという批判が聞こえてきます。しかし本当に不安をもらたしている原因は何でしょうか? 医療現場の声に耳を傾けず、現場に責任を押し付けてきたのは誰なんでしょうか?

 先日、肺炎で亡くなられた方の葬儀を執り行いました。ご遺族は「コロナではないと思います」とおっしゃっていました。もちろん、検査をされたわけではありません。

2020年4月21日 坂田光永





《バックナンバー》

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○ 2020年2月21日「仏教者こそ科学を学べ」
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○ 2019年12月21日「中村哲さんを悼む」
○ 2019年11月21日「靖国神社に参拝する」
○ 2019年10月21日「仁和寺で祈る」
○ 2019年9月21日「佛光寺の秘密」
○ 2019年8月21日「御代替わり儀礼の正体」
○ 2019年7月21日「お骨は産廃?」
○ 2019年6月21日「即位灌頂」
○ 2019年5月21日「一遍聖絵と時宗の名宝」
○ 2019年4月21日「中寿」
○ 2019年3月21日「お墓の歴史」
○ 2019年2月21日「死にたい気持ちと向き合う」
○ 2019年1月21日「梅原猛と空海」
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○ 2018年11月21日「嵯峨天皇と般若心経」
○ 2018年10月21日「仏像と日本人」
○ 2018年9月21日「明治150年というけれど」
○ 2018年8月21日「オウム事件は終わらない」
○ 2018年7月21日「自然の摂理」
○ 2018年6月21日「葬式仏教正当論」
○ 2018年5月21日「相撲と女人禁制」
○ 2018年4月21日「即身会 歩みとこれから」
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○ 2018年2月21日「『空海 KU-KAI』」
○ 2018年1月21日「犬〜異界の声を聴く〜」
○ 2017年12月21日「井伊谷と龍潭寺」
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○ 2017年10月21日「結縁灌頂 成満御礼」
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○ 2017年8月21日「和編鐘の響き」
○ 2017年7月21日「中村敦夫『線量計が鳴る』」
○ 2017年6月21日「築地市場と築地本願寺」
○ 2017年5月21日「豊臣家を滅ぼしたあの鐘銘」
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○ 2017年1月21日「共命の鳥」
○ 2016年12月21日「日光東照宮と輪王寺」
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○ 2015年9月21日「安保法制と仏教界」
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○ 2014年8月21日「天皇と日本人(下)」
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○ 2012年4月21日「五大に皆響きあり」
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○ 2006年9月21日「9/11から5年」
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○ 2005年4月21日「ねがはくは花の下にて春死なん…」
○ 2005年3月21日「ライブドアとフジテレビと仏教思想」
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○ 2004年7月21日「鈴と、小鳥と、それから私、みんなちがって、みんないい。」
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○ 2004年2月21日「…犀(さい)の角のようにただ独り歩め」
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