仏 教 と現 代
行者の心水よく佛日を感ずる
真言宗では「お加持する」という言い方をよく使います。「土砂加持」「三密加持」など、「加持」は密教に欠かせない重要単語です。この「加持」という言葉の意味について、7月でもご紹介した「土砂加持」のための研修会で先生から教えていただく機会がありました。
「加持とは如来の大悲と衆生の信心とを表す。佛日の影、衆生の心水に現ずるを加といい、行者の心水よく佛日を感ずるを持と名づく」
これは、弘法大師の著作『即身成仏義』に出てくる一節です。弘法大師によると「加持」の「加」は仏の大悲、「持」は衆生の信心のことであり、池の水に太陽が映っているようにそれぞれが相応渉入、つまり互いに影響しあっているという意味です。仏の慈悲と衆生の信心とは別個のものではなく、いわば合わせ鏡のようなもの。我々衆生にとっては心の水を澄ませることで仏の慈悲をよく映し出すようにすることが加持なのです。
さて、菅義偉さんが新しい内閣総理大臣になるということで、彼の言う「自助・共助・公助」という言葉が注目を集めています。大変便利な、というか、いかようにでも解釈できる言葉なので、それだけで評価を下すのは難しいのですが、さっそく新政権に批判的な人々からは「自己責任論が強まるのではないか」という懸念が指摘されています。
この「自助・共助・公助」は、もともと地方自治の理念の中で用いられてきた「補完性の原理」という考え方です。これは「政策決定は、それにより影響を受ける市民、コミュニティにより近いレベルで行われるべきだ」という原則で、まず個人でできることは個人で解決し（自助）、個人で解決できないことは地域や民間団体の力で解決し（共助）、それでも解決できない場合に政府・公的機関が解決にあたる（公助）という説明がなされます。また「公助」においても、まずはより小さな自治体で解決にあたり、それでダメなときはより大きな行政単位が登場するというふうに、小さな力を大きな力が補完するので「補完性の原理」と呼ばれるわけです。
私自身、過去にこの「自助・共助・公助」という言葉を使って自説を語ったこともありましたし、「補完性の原理」自体はその通りというか、正しい考え方だと思っています。しかし今回、文脈によっては自己責任論や新自由主義を正当化する言葉にもなってしまうのかと、その使われ方に愕然としました。
そもそもこの「補完性の原理」は、元をたどれば、ローマカトリック教会の教皇ピオ11世が唱えた『クァドラジェシモ・アンノ』という回勅（信徒らに示す指針）にあるといわれています。1931年に出されたこの回勅でピオ11世は、自由競争の弊害を強調するとともに、労使の協調、消費財のより適切な配分を訴えたといわれています。ただ、このピオ11世という人は、バチカン市国の独立のためにムッソリーニを支持したり、反共産主義思想ゆえにフランコや戦前の大日本帝国を擁護したりするという危うさも持っているのですが、『クァドラジェシモ・アンノ』自体はEUの成立過程で改めて注目され、「ヨーロッパ地方自治憲章」で明文化されるに至りました。
ここで強調されているのは、要するに「個人の尊厳」であり「当事者の意思決定の尊重」であって、「自助努力を原則とする」などというものではありません。個人の尊厳や当事者の意思決定を無視したり踏みにじったりしないということであり、むしろ個人の尊厳や当事者の意思決定のために権限・財源が市民に近い側に移譲されていくべきだ、というニュアンスを含んでいます。
それがどういうわけか、日本にこの言葉が入ってきたときに「地方分権」と「構造改革」がセットになってしまって、「財源カット」の言い訳として誤用される場面が出てきました。そして今回の菅新総理の言葉です。何とも言えない危険なかおりを感じてしまいます。
個人の尊厳が守られ、当事者の意思決定が尊重されるためには、当然ながら公的な助けが必要です。というか「公的な助けを使うかどうか選べる」ということも大事な「自助」なのです。池の水に太陽が映り込むように、自助と公助は相応渉入なものです。決して「池が澄んでいなければ太陽は昇りませんよ」なんてことはありません。
2020年9月21日 坂田光永
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