仏 教 と現 代
このごろはやりの陰謀論
「アメリカ大統領選挙には不正があった」「トランプはディープステイト(闇の政府)と戦っている」「コロナは風邪」「コロナウイルス存在しない」「生物兵器だ」「東日本大震災は人工地震だ」… 世の中には様々な主張があります。中には本当のこともあるのかもしれませんが、だいたいは証明不能な「陰謀論」が、どういうわけか近ごろ大流行しています。
なぜそんな主張が受け入れられるのか。陰謀論とそうでないものとの区別はどうやってつければよいのか。どうしてそんなものを信じてしまうのか。そういう私の信じている「常識」も、もしかしたら陰謀論かもしれません。
『シオンの議定書』や「フリーメイソンの陰謀」など、古今東西の陰謀論には一定の特徴があります。そのストーリーは「正義vs悪」のような二元論的世界観に貫かれており、自分は「正義」の側にいて、悪(闇の権力者)の策謀を自分たちだけが気付いている、という筋書きが多いようです。細かな事実よりも大まかなストーリーが優先されるので、事実関係を問いただしたり論破したりするのは無意味です。むしろ反論をすると、「洗脳されている」「愚民」と見なされるでしょう。逆に彼らは、自分たちの主張が広がらないのは「迫害」「言論統制」のせいだと見なします。
陰謀論に身をゆだねると、それまで複雑怪奇で分かりにくかった世界が見違えるように単純化されるようです。そうなると、それまで「世界から一方的にコントロールされている」という心理がひっくり返って、逆に「世界と戦う自分」という充足感、優越感を得ることができます。また、陰謀論にハマる人は「本来あるべき世界」と「現実の世界」との間に堪えがたいギャップを抱えていることが多く、陰謀論のおかげで、自分の「正しさ」を否定することなく現実世界を受け入れることができるそうです。
過去にヨーロッパで広がった「薔薇十字団」や「イルミナティ陰謀論」などは対岸の火事という気もしますが、『田中上奏文』(戦前、田中義一首相が昭和天皇に提出したとされる世界侵略計画)のように、日本が陰謀論の「被害者」となったケースもあります。「地球平面説」は笑って済ませられても、ユダヤ陰謀論のように実際に大量虐殺が起きてしまうこともあります。陰謀論は差別と結びつきやすく、身近な「他者」をスケープゴートにしがちなので、実はとても危険なのです。
そして最近は、アメリカ発の陰謀論がなぜか日本で広がるという現象が起きています。Q-Anonがこれほどはやっているのはアメリカ以外では日本だけらしいです。ただ、アメリカの陰謀論はだいたいにおいてキリスト教原理主義的世界観をベースにしています。「闇の政府が人口削減計画を進めている」という主張の背景には聖書の「産めよ、増えよ、地に満ちよ」という神の言葉があります。「小児性愛者が人身売買をおこなう闇の組織がある」という風説は悪魔崇拝と結び付けられて展開しました。キリスト教原理主義にとって、多神教的、自然崇拝的、拝火的な信仰・儀礼は悪魔崇拝そのもの。彼らからすれば、日本こそ悪魔崇拝の本拠地ということになります(特に真言宗?)。
にもかかわらず、Q-Anonの主張の多くは、キリスト教的な部分がそっくり抜け落ちた形で日本に輸入されました。いったいどういうわけなんでしょうか。
陰謀論が広がる素地は、人々の心に生じた「空白」だといわれています。近年、グローバル化や市場経済の進行によって貧困・格差が拡大しています。共同体は弱くなり、人間関係の希薄化が進みました。さらにここ数年、大手メディアの衰退とSNSの普及によって「見たい情報だけが入ってくる」という状況になっています。こういう日本の状況がアメリカとよく似ているということなのでしょうか。そうだとすれば、貧困・格差の解消、「顔の見える関係」の再構築、メディアの立て直しなどが求められます。
私たち一人ひとりが陰謀論にハマらないためにはどうすればよいのでしょうか。ちょっと気休めかもしれませんが、仏教の視点が多少役立つかもしれません。仏教は「諸法無我」(世界は複雑であり、特定の存在や目的によってすべてが動かされることはない)や「諸行無常」(世界は変化するし、好まない変化にもそれなりの理由がある)を説きます。仏教をしっかり身に付けて、陰謀論に惑わされないようにしたいものです。
2021年3月21日 坂田光永
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