仏 教 と現 代

9・11から20年

 当時22歳だった私が、今や倍の42歳。20年とはそれほどの歳月です。2001年9月11日のアメリカ同時多発テロから始まったアフガニスタンでの戦争は、20年という長い期間を経て、タリバン政権の復活という結末を迎えました。まるで「元の木阿弥」、いやそれ以上かもしれません。20年ぶんの国土の荒廃と、20年ぶんのアメリカへの憎悪がそこに積み上げられているからです。

 これまで私は何度も9・11のテロやアフガニスタンについて、ここで取り上げてきました。「9/11から5年」では、ニューヨーク旅行の体験談と、宗教と戦争との関係について書いています。ペシャワール会の中村哲さんが亡くなったときには、中村さんの業績と哲学を「中村哲さんを悼む」にまとめました。特に何をしているというわけでもありませんが、アフガニスタンのことはずっと気になっていただけに、今回の顛末は衝撃的です。

 9・11のテロ以前、タリバンといえば「バーミヤンの石仏を破壊したならず者」というイメージしかありませんでした。もちろんそれは仏教徒の立場からも歴史学の視点からも許されないことです。おそらく日本の多くの人々が「なんと酷いことをする連中だ」と思ったはずです。そこには少なからず「イスラム原理主義は危ない」「日本人は宗教的に寛容だが、彼らは違う」というニュアンスが入っていたでしょう。そのニュアンスは、9・11のテロ事件によって増幅されていきました。

 ですが考えてみると、日本人だって今から150年前には国中の仏像や寺院を手あたり次第に破壊した「前科」をもっています。明治政府が出した神仏分離令と、それを犬笛として受け止めた民衆がそれを実行しました。いわゆる廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)です。特に激しい嵐が吹き荒れた鹿児島県などの地域では、首がハンマーのようなもので吹っ飛ばされた仏像が今も野ざらしにされています。尊王攘夷思想に駆られ、仏教は外国からやってきた「邪教」であるとの喧伝に国じゅうが熱狂したのです。150年前、日本人は「タリバン」そのものでした。

 9・11以前からアフガニスタンで活動していた中村哲さんは、タリバン政権を決して全否定しませんでした。むしろ戦争と対立を良くも悪くも鎮めたのがタリバンであり、アメリカ軍の攻撃でタリバン政権が倒れてからはアフガニスタン国内にケシ栽培と麻薬売買が広がってしまったと語っていました。女性の権利や表現の自由の弾圧は批判されて当然です。でもそれを外国が力ずくで押し付けるのでは大いに矛盾します。その行為に日本は加担してしまった。中村哲さんがせっかく作りだした日本への好感を踏みにじるものでした。

 アフガニスタンの20年から私たちが学ぶとすれば、それは「暴力によって平和は訪れない」という、ごくごく当たり前の、そして非常にシンプルな結論です。2500年前にブッダが説いた「怨みに報いるに怨みを以てしたならば、ついに怨みの息むことがない」(『真理のことば・感興のことば』)は、21世紀の世界にも通用する真理なのでした。

 ちなみに素朴な疑問として、なぜアメリカは、戦争で倒した国を無理やり占領して傀儡政権を立てて、それで民主化がうまくいくなどという絵空事を実現できると思ったのでしょうか? ある専門家がそれに答えていました。「日本という成功体験に引きずられているのだ」と。日本はこんなところでもアフガニスタンの戦争に「加担」してしまっていたようです。

※写真はペシャワール会のメンバーだった故・伊藤和也さんが撮影したもの

2021年9月21日 坂田光永





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