仏 教 と現 代
民主主義の本当の危機
突然のニュースに愕然としました。安倍晋三元首相が銃撃され亡くなるという衝撃的な事件。選挙活動中の内閣総理大臣経験者を殺害するという前代未聞の蛮行は、まさに民主主義の存立を揺るがせかねない出来事です。安倍氏の菩提を心よりお祈りします。
その後の報道によると、被疑者の母親はある宗教団体の信者で、破産するほどの献金をし、被疑者が十代の頃に家庭が破綻したといいます。その後も様々な困難を抱える中でその宗教団体への恨みを蓄積し、その矛先が安倍氏に向かったということのようです。
ここでいう宗教団体とは「世界平和統一家庭連合」、いわゆる「(旧)統一教会」です。
いうまでもなく統一教会は、1980年代頃から合同結婚式や霊感商法で世間を賑わせた「カルト教団」です。特に霊感商法は、先祖の因縁や霊界の恐怖を煽って、壺などを買わせたり多額の献金を迫ったりする行為です。「全国霊感商法対策弁護士連絡会」によると、被害合計は約1200億円余りで、特商法違反の刑事事件や多数の民事裁判でも負けが確定しています。
被疑者は幼い頃に父親を亡くしたようです。喪失感に苦しんだ母親に手を差し伸べたのが、統一教会でした。おそらく洗練されたマインドコントロールの手口を用いたのでしょう。母親はすぐに数千万の献金をし、3年ほどの間に1億円以上のお金を教団につぎ込んだといいます。熱心な信者の子どもである被疑者の苦悩はまさに「宗教2世」の抱える問題で、もっと早く支援につながれたら今回のような事件は防げたのではと思わずにはいられません。
ところで、そんな被疑者が安倍元首相を狙ったことについて「完全な逆恨み」であるとか「論理の飛躍も甚だしい」とする論評があります。当初の警察発表も「安倍氏が関係あると『思い込んで』犯行に及んだ」と、わざわざ本人が言うはずのないフレーズを差し込んでいました。もちろん犯行が絶対に許されないことは言うまでもないことです。しかし、必ずしも「逆恨み」や「論理の飛躍」とはいえない側面があるのも事実です。
右の画像は「会社四季報」(2021年版)だそうです。「自民党」「安倍政権」というワードがばっちり載っています。四季報はビジネスで活躍する人が読む資料ですよね。つまり、もし相手先に統一教会の信者らしき人がいたら、「与党とのつながりがあるかもしれない」ということを念頭に置いて付き合いましょう、という意味なのでしょう。
そもそも統一教会を創始した文鮮明という人物は、米ソの緊張が高まった1968年1月に「国際勝共連合」を創設しています。勝共(=共産主義に勝つ)を旗印につくられた政治団体で、同年4月には久保木修己という人が日本法人を立ち上げました。ちなみに久保木は日本の統一教会の創設者でもあって、「美しい国 日本の使命」という著書を発行しています。そして保守系の政治家たちとのつながりを持ち、憲法改正の推進や男女平等の阻止などを精力的に働きかけていきます。彼らは意中の政治家に熱心な選挙運動員や秘書まで提供して、その政治活動を支えました。政治家はきっとその恩に答えたのでしょう。なぜなら、幾度となく「カルト教団」と指弾されながらも、名称を変えて現在まで生き残っているわけですから。
この勝共連合=統一教会と特に関係が深かった政治家が、岸信介氏と、その継承者たちであるといわれています。例えば1974年5月、当時の福田赳夫首相は帝国ホテルで統一教会の教祖・文鮮明が主催した「希望の日晩餐会」に出席し、「アジアに偉大な指導者が現れる、その名は文鮮明」との祝辞を述べたとか。このことについて問い質された福田首相は「キリスト教といえば人類愛を説く。私の主張と相通じる」と答弁しています。この岸・福田の系譜の先に、安倍晋三氏が登場するわけです。
安倍氏自身も統一教会系の団体とのつながりが様々に指摘されてきました。勝共連合の発行する『世界思想』という雑誌の表紙を繰り返し飾っているばかりか、2021年には関連団体の「天宙平和連合(UPF)」が開いたWEB集会でビデオ演説を行いました。このニュースを私は「やや日刊カルト新聞」というサイトで知り、大変驚いたのですが、さらに驚いたのは、このニュースを大手メディアが一切報じなかったことでした。
ちなみに、前述の通り統一教会は韓国発の宗教団体です。その教義には、「人類の父母となられたイエスが韓国に再臨されることが事実であるならば、(中略)すべての民族はこの祖国語(=韓国語)を使用せざるをえなくなるであろう」などと記述されているそうです。また、彼らは聖書のアダムとエバ(イブ)の逸話を曲解して、韓国を「アダム国家」、日本を「エバ国家」と見立て、エバは妻として夫アダムに尽くすべきだとして、どこの国よりも多額の献金を信者に要求したともいいます。保守政治家を自認する人々は、こんな団体だと知ってて関係を深めたのでしょうか。
ことは単なる政治と宗教の問題ではありません。また当該政治家がその教団の「信者」かどうかも関係ありません。霊感商法などで無数の被害者を出し続けているカルト教団が、政治家を応援し、その政治家が教団にシンパシーを覚える。ときには広告塔の役割を買って出る。ときには便宜を図ったかもしれない。そして、その結果また新たな被害者が生まれる。この地獄の連鎖こそ、「民主主義の本当の危機」ではないですか?
2022年7月21日 坂田光永
《バックナンバー》
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○ 2010年12月21日「台湾ダーランド」
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○ 2010年7月21日「身延山と日蓮」
○ 2010年6月21日「ボクも坊さん。」
○ 2010年5月21日「仏法は汝らの内にあり」
○ 2010年4月23日「葬式は要らないか」
○ 2010年3月21日「再びオウム事件と仏教について」
○ 2010年2月21日「立松和平さんの祈り」
○ 2010年1月1日「排他的、独善的な仏教にならないために」
○ 2009年12月21日「『JIN』のようにはいかないもので」
○ 2009年11月21日「排他的?独善的!」
○ 2009年10月21日「アフガンに緑の大地を」
○ 2009年9月23日「笑いとため息」
○ 2009年7月21日「臓器移植と『いのち』の定義 続編」
○ 2009年6月21日「臓器移植と『いのち』の定義」
○ 2009年5月21日「『地救』のために何ができるか」
○ 2009年4月21日「アイアム・ブッディズム・プリースト」
○ 2009年3月21日「おくりびとと『死のケガレ』」
○ 2009年1月21日「『伝道師』としてのオバマ」
○ 2009年1月1日「空と海をつなぐ」
○ 2008年10月28日「会津をめぐる」
○ 2008年9月21日「神秘主義」
○ 2008年7月21日「グリーフレス中学生」
○ 2008年5月21日「祈りと行動と」
○ 2008年4月21日「聖火の“燃料”」
○ 2008年2月28日「妖精に出会う」
○ 2008年1月21日「千の風になるとして」
○ 2007年10月21日「阿字の子が阿字の古里…」
○ 2007年8月21日「目覚めよ密教!」
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○ 2007年3月21日「無量光明」
○ 2007年2月21日「よみがえる神話」
○ 2007年1月1日「伊太利亜国睡夢譚」
○ 2006年11月21日「仏教的にありえない?」
○ 2006年10月23日「天使と悪魔 ~宗教と科学をめぐる旅~」
○ 2006年9月21日「9/11から5年」
○ 2006年8月23日「松長有慶・新座主の紹介」
○ 2006年7月21日「靖国神社と仏教の死生観」
○ 2006年6月21日「捨身ヶ嶽で真魚を見た」
○ 2006年5月21日「キリスト教と仏教と「ダ・ヴィンチ・コード」」
○ 2006年4月21日「最澄と空海」
○ 2005年9月23日「お彼岸といえば…」
○ 2005年7月21日「お盆といえば…」
○ 2005年4月21日「ねがはくは花の下にて春死なん…」
○ 2005年3月21日「ライブドアとフジテレビと仏教思想」
○ 2005年1月21日「…車をひく(牛)の足跡に車輪がついて行くように」
○ 2004年8月21日「…私は、知らないから、そのとおりにまた、知らないと思っている」
○ 2004年7月21日「鈴と、小鳥と、それから私、みんなちがって、みんないい。」
○ 2004年6月23日「文殊の利剣は諸戯(しょけ)を絶つ」
○ 2004年5月21日「世界に一つだけの花一人一人違う種を持つ…」(SMAP『世界に一つだけの花』)
○ 2004年4月21日「抱いたはずが突き飛ばして…」(ミスターチルドレン『掌』)
○ 2004年3月23日「縁起を見る者は、法を見る。法を見る者は、縁起を見る」
○ 2004年2月21日「…犀(さい)の角のようにただ独り歩め」
○ 2004年1月21日「現代の世に「釈風」を吹かせたい ―心の相談員養成講習会を受講して―」
○ 2003年12月21日「あたかも、母が己が独り子を命を賭けて護るように…」
○ 2003年11月21日「…蒼生の福を増せ」
○ 2003年10月21日「ありがたや … (同行二人御詠歌)」
○ 2003年9月21日「観自在菩薩 深い般若波羅蜜多を行ずるの時 … 」
○ 2003年8月21日「それ仏法 遙かにあらず … 」