仏 教 と現 代

救済新法、うちには無関係?

 統一教会問題で浮かび上がってきた被害者への救済を目的に、「法人等による寄附の不当な勧誘の防止等に関する法律」いわゆる「救済新法」が2022年12月に成立し、2023年1月5日より施行となりました。宗教法人などの悪質な寄付勧誘を規制し、違反に刑事罰を科すことで被害防止を図るのが目的です。

 ただ、統一教会の被害者救済に長年取り組んできた「全国霊感商法対策弁護士連絡会」は、この法律を「ないよりマシ」だが「ほとんど役に立たない」と一刀両断。その理由として、今回注目を集めたいわゆる「宗教2世」などの家族被害の救済が図られにくいこと、行政処分によって法人に返金命令ができるのかどうかが曖昧であること、禁止行為等の範囲・適用対象が狭いことなどを挙げました。そして統一教会の問題の本質は「正体を隠した伝道」にあるとして、その点を防止する必要性を強調しました。

 もちろん「ないよりマシ」というからには「マシ」な点もあって、例えば寄付の勧誘については「個人の自由な意思を抑圧」することがないよう「十分に配慮」すべし、という条文が入ったことで、マインドコントロールによる勧誘・献金を裁判で追及する道が開けました。私としては、もちろん不十分な点は多々あるけれども、この法律は第一歩であって今後のブラッシュアップに期待したいという思いです。

 とはいえ、なぜこのような中途半端な法律になってしまったのかという点は、よく考えなければならないと思います。直接的な理由は、与党に近い宗教団体に「十分に配慮」した結果であるといわれています。それがどの団体なのかはともかく、確かに一般の宗教団体にとって自分たちの活動が規制内容に引っかかってこないかは気になるところだと思います。

 連絡会の山口広弁護士は「新法は(違法な伝道活動をしていない)既成宗教には無関係。自信をもって宗教活動をすればいい。むしろ宗教に限らず、広くはびこっている健康食品、ヨガや整体などで偽装した、カルト的な個人・団体が自粛せざるを得ないような社会環境ができれば、宗教に対する信用は高まるはず。お寺も教会も若者の宗教的ニーズに応えられていない」と指摘しました。私自身はおおむね同意しますが、多くの宗教者も同様かというと、さて、どうなんでしょう。「うちには無関係」と言い切れるでしょうか?

 例えば「禁止行為」としてこんな条文が。「当該個人に対し、霊感その他の合理的に実証することが困難な特別な能力による知見として、当該個人またはその親族の生命、身体、財産その他の重要な事項について、そのままでは現在生じ、もしくは将来生じ得る重大な不利益を回避することができないとの不安をあおり、またはそのような不安を抱いていることに乗じて、その重大な不利益を回避するためには、当該寄付をすることが必要不可欠である旨を告げること」。

 要するに「あなたの家族が病気なのは、あなたの先祖の霊が成仏していないからですよ」と不安を煽って祈祷を申し込ませ、多額のお布施を要求するのはダメだという意味です。これ、普通にやってる人いますよね。というか、むしろ少なくない祈祷寺で日常的に見られる光景ではないでしょうか。ただし、そのかなりの場合、カネ目当てというより祈祷者自身が純粋にそう信じていたりします。だから騙したわけでも何でもなく、拝む側も本気なのです。なので「これは違法!」と言われるとビックリするお坊さんが多いのではないかと思います。

 むしろカネ目当てのほうがまだ単純で、それなら山口弁護士が指摘する通り、「広くはびこっている健康食品、ヨガや整体などで偽装したカルト的な個人・団体」のほうがよっぽど悪質だとは思います。だからこの問題は本質的に「宗教の」問題ではないのだけれども、こと宗教の現場においては、純粋な信仰の果てに法律違反となるケースも出てこないとは言い切れません。なのでこの新法を厳格に適応すれば、けっこう複雑な事態になる可能性もあります。

 「だからこの法律はダメだ」ということではありません。そうではなくて、むしろ宗教者のほうが自分たちの宗教活動を見直すよい機会ではないかと思うのです。

 私は原則、霊を脅しに使ってはならないという考えです。仏教では死者を「ほとけ」と呼んだりしますし、死者の霊は大日如来のふるさとへ還ったり、阿弥陀如来に救われたりします。そんな祖霊が私たちに悪さをするでしょうか? 生前は鬼か悪魔のような人であっても、せめて死後には仏縁を結んで成仏してもらうのが仏教式の葬儀であるとすれば、霊で脅すなど教理上有り得ないことです。

 ただ、もし仮に仏教に携わる人の中に「死者の霊が悪さをする」と純粋に信じている人がいて、しかし自身の祈祷でその霊を鎮めることができると相手に伝えた場合であっても、それで相手の生活を危険にさらすようなおカネを要求しなければいいのです。それほど純粋な信仰をお持ちの仏教者なら、おカネなんて受け取らなくてもきっと祈祷してくれるはずです。

 「布施」とは「布の施し」です。ブッダは使い古された布をもらい受けて袈裟を作りました。決して新品の布で作ってはならないとしたのです。だから袈裟は必ずパッチワークのような継ぎはぎの模様をつけます。袈裟をつけた人間が、ブッダの思いに反するような「布施」を受け取ってよいはずがありません。

2023年1月21日 坂田光永





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○ 2022年9月21日「2つの国葬」
○ 2022年8月21日「政教分離と島地黙雷」
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○ 2009年6月21日「臓器移植と『いのち』の定義」
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