仏 教 と現 代


南口の大鳥居


大炊殿


糺の森のマンション

下鴨神社

 お盆明けに京都に行ってきました。仕事やプライベートで幾度となく上洛していますが、いまだ足を踏み入れたことのない有名な寺社仏閣が多数あります。その一つ、世界遺産でもある「下鴨神社」にこのたびお参りしてきました。

 下鴨神社といえば、上賀茂神社とともに「葵祭」を主催する神社です。両社はもともと「賀茂神社」という1つの神社でした。しかし明治時代になり、維新政府がその土地の大部分を接収したため、境内が南北に分かれてしまい、以後「上賀茂」「下鴨」となったのです。そんな経緯があったなんて実は全く知りませんでした。「国家神道」を創設して神社を優遇したイメージの強い明治政府ですが、けっこう神社への対応も酷いものがありますね。

 さて、私がお参りしたタイミングは、午前中とはいえ猛暑の真っただ中だったので、境内入り口にたどり着いた時点でヘトヘト。そこに見えたのが涼しげな「糺の森」(ただすのもり)と、その脇で開催されるマルシェ「Re:京都博覧会」でした。出店の中からかき氷屋さんを発見し、なんとか生き延びることができたものの、一緒に着いてきた子どもたちはすでに限界。あえなく撤退することにしました。

 その日の午後、どうしても消化不良間の残っていた私は、子どもを置いて再び下鴨神社へ。ちょうど特別拝観中という絶好の参拝日和で、係の人から下鴨神社の歴史や祭神の説明を聞き、神饌(神様への食事)を作る「大炊殿」(おおいどの)や、昔の冷蔵室にあたる「氷室」を間近で見学することができました。また裏から社殿をお参りするルートもあり、檜皮葺の屋根や美しい2棟の本殿を間近で拝見しました。

 下鴨神社は21年ごとに式年遷宮が行われます。遷宮とは本来、古い社殿から新しい社殿に神様を遷すという意味の言葉です。しかし社殿や楼門など多くが国宝・重要文化財に指定されているため、下鴨神社では現在、大修理をもって遷宮とするとのこと。直近では2015年(平成27年)に「遷宮」が行われたそうです。

 ところで、皆さんは「世界遺産・下鴨神社が糺の森にマンション建設!?」というニュースを覚えていらっしゃるでしょうか。私も当時、かなり驚いた記憶があります。アレ、今どうなってるのかな?というのが今回の1つの関心事でもありまして、野次馬根性丸出しで現場を見に行ってきました。

 場所としては下鴨神社の南の端、世界遺産のバッファゾーン(緩衝地帯)となっているエリアでした。つまり世界遺産に指定されている場所ではなく、その外側にあたるエリアとのこと。とはいえ計画が持ち上がるとすぐに住民らから反対の声が上がったため、下鴨神社と京都市、そして世界遺産を統括する国際記念物遺跡会議(イコモス)らが話し合いの場を持ち、計画を調整したようです。その結果、糺の森の木の伐採は最小限に抑えられ、建設されたマンションも景観と調和した低層階の構造となったのでした。

 実際に見に行った感想としては、「うわーめちゃくちゃ高級そう…」という印象でした。もちろんあくまで個人の印象ですが、糺の森や参道の景観を損なわないよう配慮された、ちょっと地下に沈んだ形の3階建て構造の落ち着いた建物になっているため、むしろ高級感が増したのではないかと思いました。どうやら東京に住む大金持ちたちのセカンドハウスとして売り出したようで、一般人にはなかなか手が出せそうにありません。

 このマンション建設によって下鴨神社は不動産会社と50年契約を結び、毎年8000万円ほどの賃料収入を得るといいます。これを式年遷宮の費用に充てるというのが神社側の言い分です。確かに糺の森も含めて維持管理に相当な費用がかかるでしょうから、氏子からの寄付だけで賄えないという事情も分かります。ただ、マンションは経年劣化すれば価値は下がるもの。そうすると賃料にも影響するでしょうから、将来的にずっと安泰と言い切れないのでは、とも感じました。

 とはいえ、かたや東京で問題になっている某神宮の外苑の森の伐採問題に比べると、ずいぶんと配慮されている印象ではありました。東京のほうは多くの木が伐採されることになっていて、しかも高層ビルがニョキニョキ建って内苑の天皇皇后を見下ろさんとする、不敬極まりない状況です。こちらのほうはイコモスも撤回を要求しています。先人たちの智慧の結晶を破壊するのは、いい加減やめてもらいたいものです。


糺の森で開催されていたマルシェ


氷室

2023年9月21日 坂田光永





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