仏 教 と現 代

どうする日本仏教

 今年はNHK大河ドラマ『どうする家康』に大いに便乗して、YouTube「仏教×数学ちゃんねる」で「どうした家康」シリーズの動画を撮ったり、高野山参拝では「徳川家霊台」をお参りしたり、寺子屋光明院オンライン講座では「徳川家康と仏教」というテーマでお話ししたりしました。とはいえ思いのほか大河ドラマを見ている人が少なく、視聴率も歴代2位の低さとのこと。SNS上では最後まで「反省会」のほうが盛り上がっていました。私は悪くなかったと思いましたけどね(ちなみに歴代最低視聴率の『いだてん』は私にとっての最高傑作なので私の好みが世間ずれしているのでしょう)。

 とにかく徳川家康まわりについてよく勉強した一年でした。そして改めて思うのは、家康が日本仏教にもたらした影響は絶大であるということ。考えてみれば、檀家制度や葬式仏教はもちろん、キリスト教が少数派にとどまっているということも、儒教的価値観が根強く残っているということも、あるいは浄土真宗のお坊さんだけ髪の毛が長いのも、全部これ徳川家康の影響なんですね。

 日本仏教史を超大雑把に概観すると、まず仏教伝来から平安時代初期までは「律令国家の仏教」でした。国家管理の下で鎮護国家を担うのが仏教の役目。だから民衆への布教は原則不可だし、お坊さんになるには国の許可がいりました。ところが、かの有名な墾田永年私財法をきっかけに「荘園」という名の私有地が広がり、律令制度が崩壊します。お寺は荘園を財政基盤とするようになり、国に頼らなくてもよくなりました。すると面白いことに、お坊さんが戒律を守らなくなっていくんですね。平安時代も終盤になると僧侶の破戒が進み、「肉食妻帯」が当たり前になりました。また荘園を守る武装した僧侶が「僧兵」となり、一大武装勢力となっていきます。さらに僧侶が自由に布教活動をするようになり、仏教が民衆に広がっていくと、よりシンプルな教えや修行方法が好まれるようになりました。その最たるものが「念仏」です。世は「中世の仏教」へと移っていきます。

 この、ある意味で自由な、ある意味で荒れた仏教シーンに統制をかけたのが、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康といった天下人たちでした。信長の比叡山焼き討ちや石山合戦、秀吉の根来寺焼き討ちなどは、宗教弾圧というよりも、仏教勢力を武装解除して権力の支配下に置く営みだということができます。そしてそれを完璧なまでに完成させたのが家康ということになります。

 家康は、天台宗僧侶・天海、臨済宗僧侶・金地院崇伝、儒学者・林羅山らをブレーンにして宗教政策を進めました。キリスト教を禁教として激しく弾圧する一方、全国民を寺院に登録させ寺請証文によって国民の動静を管理するという「寺檀制度」を確立しました。寺院には特権を与える代わりに次々に「法度」を繰り出して統制をきかせ、末寺を必ずどこかの本山に所属させる本山・末寺制度を整えました。さらに僧侶には戒律を守らせ、破った場合には「市中引き回しのうえ獄門」「死罪」などの厳罰を与えました。

 ただし不思議なことに、浄土真宗にだけ「肉食妻帯」を認めました。理由はよく分かっていませんが、例外扱いされた浄土真宗はおそらく相当に他宗から批判を受けたんでしょうね。江戸時代の途中から「妻帯するは我が宗風なり」「親鸞聖人が勇気を持って戒律を破ったのだ」と喧伝するようになります。でも実際は中世のお坊さんの妻帯は珍しくなかったので、別に親鸞聖人がとりわけ勇気を振り絞ったわけではないでしょう(親鸞聖人が破戒について真剣に悩み、自分の煩悩と真摯に向き合ったことは、その通りだと思います)。

 加えて武士には儒教、特に朱子学を奨励し、秩序と「分」を重んじる価値観を浸透させていきます。この儒教政策によって神道が儒教化して「神儒習合」となり、さらには幕末の尊王攘夷の熱狂へとつながっていきます。江戸幕府を安定させるための儒教が、200年後に江戸幕府をひっくり返す思想になるとは、なんとも皮肉ですね。

 さて、こうして見てくると日本の仏教はいかに徳川家康のつくった基盤の上にあぐらをかいているかが分かります。檀家制度があり、競争相手としてのキリスト教が弱く、儒教的価値観によって先祖供養が定着していることで、非常に安定した状態を保ってきたのです。ところがこの基盤が今、揺らいでいます。すでに僧侶の破戒は行き着くところまで行っていて、あとは檀家制度や先祖崇拝が崩れていけば、世は再び「中世の仏教」へと移行していくのかもしれません。

 このような時代に私たち日本の仏教僧はどう向き合えばいいのか。ヒントになるのは家康以前、檀家制度の萌芽が見られた中世末期ではないかと思います。戦国時代の終盤からお寺の数がどんどん増えていったといわれていて、その理由は聖(ひじり)たちが野ざらしになった死体を埋葬し供養していったことにあるそうです。そこから、自分たちも供養されたい、仏に救われて往生したいという人々が増えていき、お寺が建てられ、お寺のそばに墓地が造られ、その人々が檀家となっていきました。それを後から徳川家康が整備し、国民管理の装置としていったのです。決して家康がゼロから檀家制度を作ったわけではなく、初めは聖と民衆との純粋な信仰心から生まれたものが、その後に権力に取り込まれてしまったがゆえにその瑞々しさを失っていったというのが実態なのでしょう。現代日本仏教への教訓がここに隠されている気がしてなりません。

 どうする日本仏教? 問われているのは私たちでした。

2023年12月21日 坂田光永





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○ 2006年9月21日「9/11から5年」
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