
仏 教 と現 代
女帝と仏教
このところ天皇制をめぐる議論が熱を帯びています。女性天皇を容認する声がある一方、「男系男子」にこだわる意見も根強く見られ、今の政府もそちらに傾いているようです。とはいえ旧宮家の復活や旧宮家からの皇族復帰となると、その血筋は600年も前の室町時代にさかのぼることになり、それって「皇統」って言えるのかどうか私にはよく分かりません。今上天皇陛下も「皇族数の確保の在り方についての議論は国民の皆さんの理解が得られるものとなることを望んでおります」と異例の言及をされました。よもや「天皇になりたい」「皇族になりたい」と画策している輩がいるとは思いませんが、あまりに雑な議論には注意したいと思います。
さて、「男系男子」派からは一刀両断されている「女性天皇(女帝)」ですが、日本の歴史を見渡すと重要な場面で女帝が登場します。特に仏教との関わりにおいては注目すべき天皇がいますので、ご紹介していきたいと思います。
日本史上における女帝は下記の8帝(10代)です。
最初の女帝、推古天皇(=左絵)は、ご存じ聖徳太子(厩戸王)を摂政に据え、冠位十二階や十七条憲法を制定したり、遣隋使を派遣したりしました。それらはこれまで聖徳太子の偉業として語られることが多かったのですが、近年の研究では推古天皇自身がかなりバイタリティのある天皇であり、優秀な官僚を登用して改革を進めたことが分かってきています。特に即位後すぐの594年に「仏教大興の詔」を発し、国際関係や文化・技術振興の観点から積極的に仏教を取り入れて日本を「仏教国」に造り替えたことは、後の日本に決定的な影響を与えました。
大化の改新による混乱の後、壬申の乱で勝利して即位した天武天皇の皇后・持統天皇は、日本に律令制を敷き、『日本書紀』による天皇支配の正統性を打ち立てた天皇として知られています。私など「天照大神って持統天皇がモデルじゃない?」なんて思っていますが、それはともかく仏教にとっても影響力の大きな天皇でした。例えば鎮護国家の教典として『金光明経』を重視し、全国のお寺での読誦を進めました。『日本書紀』には金光明経の経文によく似た記述がところどころ入っているともいわれています。また奈良の薬師寺は、持統天皇がその前身となったお寺を完成させています。
710年の平城京(奈良)遷都を実現した元明天皇は、国家仏教の黄金期といえる奈良時代を創始した女帝です。奈良時代には天平文化が栄え、東大寺・興福寺などの巨大寺院が絶大な権勢を振るいましたが、その流れを作ったのは元明天皇です。また朝廷が認めないで出家した僧侶(私度僧)や朝廷に無許可で行う布教を禁じた「僧尼令」を出すなど、仏教の国家管理を徹底しようとした天皇でもありました。
その元明天皇の娘で、独身で即位した初めての女帝が元正天皇です。その即位にあたって左京職から白い亀が献上されたことを受けて、「これは神仏が祝っているしるしである」として元号を「霊亀」に改元しました。前例のない即位を仏法の力で意義付けようとしたのでしょう。また自らも『大般若経』の写経を推進するなど仏教に熱心で、菩薩戒を受けた最初の天皇ともいわれており、その仏教推進策は次の聖武天皇に引き継がれました。
そんな奈良時代は、ある一つの仏教事件が契機となって終焉を迎えます。それが称徳天皇による僧・道鏡の重用に端を発した「道鏡事件」です。道鏡が巷間ささやかれているような「怪僧」であったかどうかは近年疑問視されているようですが、次々代の桓武天皇が奈良からの遷都を決めたのは、仏教の力が大きくなりすぎたと判断したからに他なりません。それでも称徳天皇が孝謙天皇時代におこなった東大寺の「大仏開眼供養」や、「世界最古の印刷物」といわれている「百万塔陀羅尼」(ひゃくまんとうだらに)などの仏教的事績は、決して軽んじられるべきではないでしょう。平安遷都を強行した桓武天皇も、奈良(南都)の仏教勢力を抑えるために、新しい仏教の担い手として最澄を登用しました。続く空海は南都仏教の蓄積を真言密教へと昇華させ、両者を軸に平安仏教が花開きます。飛鳥・奈良時代の女帝の活躍の延長に日本の仏教は存在するのです。
ただし、平安遷都以降800年以上にわたって女帝が現れなかったのは、やはり道鏡事件の影響が少なからずあったかもしれません。あるいは桓武天皇が進めた「中国化(唐化)政策」の一環で、中国の王朝にならって「皇帝=男」という価値観を取り入れたのにともなって、「過去の女帝にはこんな問題点があった」という形で殊更に女帝のマイナス面を強調した可能性もあります。いずれにしても江戸時代になるまで女帝は現れませんでした。その流れを変えたのが、江戸時代初期の後水尾天皇です。
現在、京都嵯峨の大覚寺には後水尾天皇ゆかりのお堂が存在します。後水尾天皇を尊像として祀る安井堂、後水尾天皇と徳川秀忠の娘・和子との婚礼に用いられた宸殿などです。その後水尾天皇・和子夫妻の皇女が、859年ぶりに女帝となった明正天皇です。後水尾天皇は、禁中並公家諸法度の制定や紫衣事件など、幕府の朝廷への介入に腹を立てて勝手に退位してしまうという、かなりクセツヨな天皇でした。そしてこともあろうに皇女を後継に立てました。江戸幕府は武家政権なので本来は武張った文化を好む男尊女卑的な価値観を持っていたのですが、後水尾天皇はそれを知ってか知らずか、あえて女帝を即位させ幕府に当てつけたのです。
そこから約100年後に即位した最後の女帝・後桜町天皇は、在位9年の後、後桃園天皇に譲位します。ところが後桃園天皇は皇子を残さないまま崩御してしまい、傍流の光格天皇が9歳で即位しました。後桜町上皇は「国母」として光格天皇を支え、尊号事件(光格天皇の父への尊号贈与について天皇と江戸幕府とがもめた事件)では天皇を説得して幕引きをさせます。そういった光格天皇への助言・指導が朝廷の権威や政治力を高め、明治の王政復古へとつながったのです。
こうして振り返ってみると、多くの女帝が日本史上の大きな節目に立ち会っていて、なおかつ仏教に熱心であったことがうかがえます。仏教を権威付けに利用した側面はあったと思いますが、仏教の持つ慈悲や利他行の精神を政治的に実践したり、仏法の力で国民統合を図ったりという意義もあったでしょう。男性天皇にはない抑圧や理不尽と向き合ううえでも、仏の教えが助けになったのではないかと想像します。
2026年6月21日 坂田光永
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